実践『新エロイーズ物語』

2018.08.16 Thursday
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    JUGEMテーマ:読書

     

     最近、文学史にこだっわっているのは、名作に時代反映が正確に表れ、現在の道徳に直結しているからです。

     長く『パンセ』を読み続け、なぜパスカルがそう断言したのかを考えていたことが、最近やっと解けてブログにしたためたのもそのこだわりからでした。

     

     ギリシャ・ローマ時代からランダムに考えて、時代に文学で抗い今も伝わっている面白い小説は、 悒螢紂璽轡好肇薀董(アリストパネス)、◆愎清(コメディア)』(ダンテ)、『ドン・キホーテ』(セルバンテス)、ぁ悒螢船磧璽瓢粟ぁ(シェイクスピア)、➄『新エロイーズ物語』(ルソー)、Α愽活』(トルストイ)、А愿椶蠅里屬匹Α(スタインベック)、─愎繃伝』(羅漢中)、『佐倉義民伝』(歌舞伎脚本)、『圓生と志ん生』(井上ひさし)などです。

     

     今後、折に触れてその面白さを解説していきますが、今回は『アンナ・カレーニナ』の愛について触れた続きで、ルソーの『新エロイーズ物語』を考えたいと思います。

     ルソーと言えば論文『社会契約論』と小説『エミール』は有名ですが、今回『新エロイーズ物語』を取り上げる根拠は、自由な意思に基づく恋愛と結婚という今では当然の社会規範を作り上げた当時の大ベストセラーだったからです。

     テレビもネットもないのに、社会を席巻する、という言葉どおりゴロっと社会の雰囲気を変えた小説だったのにあまり最近は取り上げられません。

     詳細は読んでもらうとして、この小説は当時の不合理な身分制度とその結婚を弾劾するものであり、そういう制度の最大の被害者である女性のために、恋愛と結婚の自由を主張しました。いわゆる、ロマン主義小説の源泉です。これが、スタール夫人、ジョルジュ・サンド、ゲーテの『若きウェルテルの悩み』などに強く影響しているのです。

     

     簡単に申し上げると、

     悒螢紂璽轡好肇薀董戮禄性の側がセックス・ストライキで軍隊を解散させ平和を取り戻す喜劇

    ◆愎清福戮蓮中世キリスト教、とくに法王などの教会批判

    『ドン・キホーテ』は、中世封建制度をちゃかした小説

    ぁ悒螢船磧璽瓢粟ぁ戮癲⊂祿下圓任劼佑れて育った貴族が権力闘争に敗れる反語的小説

    ➄『新エロイーズ物語』は、自由に恋愛と結婚を主張、自然描写で引き立てた小説

    Α愽活』は、陪審員の手落ちで罪にされた美女を良心で救済しようという物語

    А愿椶蠅里屬匹Α戮蓮30年代アメリカの恐慌下での農民の苦労とたたかい

    ─愎繃伝』は、中国の政治腐敗とたたかう108人の義民のたたかい

    『佐倉義民伝』は、歌舞伎にもなった江戸時代、農民の窮状直訴物語。

    『圓生と志ん生』は、戦後の焼け野原から立ち上がった落語家師匠の物語。

     

    文学ディスカシォーネ|-|-|-|-|by ネコスキイ

    送り火のパスカル

    2018.08.15 Wednesday
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      JUGEMテーマ:読書

       ときどき自分は歴史の上でどこにいるのか、考えてみることも長い人生では必要かと思う。
       現代人はホモ・サピエンスの生き残りであり、様々な危機を奇跡的に乗り越えてきたのであり、その先祖がいて今がある、ということをこのお盆の送り火のなかでひしひしと感じることも大切である。
       また、無意味な戦争があってそれを克服してきた、人権と平和主義の前世紀があり、自分がいるのだと考えると世界一とか日本一ということに無意味さを思わざるを得ない。
       ボクシング協会の会長が朝鮮人のハーフだとか、ヤクザの子分だったとか、週刊誌に書かれているとひどい差別意識がまだあるなぁと、感じる。東京医大という先進的と思しき組織であっても女子差別意識が底流にあると考えると、静かなたたかいこそ絶対的な歴史のエンジンであると感じる。

       この世界の片隅であっても、全世界を感じ、歴史の一端を担っているのではある。

       

       と、考えていた時、パスカルの有名な言葉「人間は考える葦である」という言葉を思い起こし、この静かなたたかいを進める人間はそれほどヤワではないのではないかと思った。

       そのような言葉を欲するパスカルに透徹した精神と人類進歩への不理解を感じたのである。

       デカルトは人間の理性によってすべては解決すると信じたが、パスカルは、どんな努力でも人間の認識しえない部分は残るから、人間は絶対的真理に到達しえないため、理性を捨てて神に頼らなければならぬと考えた。デカルトも絶対的主観では批判すべきところがあるとしても、当時としては進歩的だった。

       マクロ・ミクロを見ても人間の認識は相対的で絶対的真理を追究することが使命であって、その意味で100%認識はありえないので、それが科学であって、だからと言って絶望することはない。

       パスカルは、解決できないことは神に頼ろうとした当時の普通の人であって、「葦」だと嘆くほどのことでもないのに嘆いた悲劇が「パンセ」であり、他方、パスカルは楽観的には喜劇役者にも見える。

       

      「帰するところ人間は自然の中にあって何ものであるか?無限に比すれば虚無、虚無に比すれば一切。無と一切の中間物」(断片72)

      謙虚にこの一節を受け止め、「一切」に近づくように努力するのが成長と歴史なのではないか。

       

       

      文学ディスカシォーネ|-|-|-|-|by ネコスキイ

      「アンナ・カレーニナ」 3

      2018.07.27 Friday
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        JUGEMテーマ:読書

         

         「アンナ・カレーニナ」はアンナのテーマとレーヴィンのテーマの矛盾です。

         アンナは事実婚(不倫とは言い難い)とレーヴィンの愛のある形式婚(旧態依然として)に、「家族」の形を発見しようとする物語なのです。

         エンゲルスも『家族、私有財産、国家の起源』でモルガンの『古代社会』を引用しつつ、「家族」の変態と推移について述べ、未来社会を構成する「家族」の在り方を研究しました。

         その大きな人間としての探求の歴史ーーこれは誰しもが一度は考えることではありますが、ーーその中に、「アンナ・カレーニナ」を位置づけるのが一番ストレートな鑑賞方法だと考えます。

         

         中国では「織姫」が「彦星」を訪問するという嫁入り婚形式の七夕伝説になっているのに、日本では「彦星」が「織姫」を訪問する婿入り婚形式になっているのは、家族形態が歴史的に中国の方が "進んでいた" と考える研究者もいます。

           レーヴィンのロシアでは、キティがレーヴィン宅に来ているので嫁入り形式を踏んでいます。

         当時としては、普通の形式にも拘わらず、レーヴィンは頑張ってそこに嫁入り財産など関係なく「夫婦愛」を尊重するようにしています。ところが、アンナの方は形式はともかく、事実婚で「夫婦愛」だけに基づいた生活に固執しています。

         アンナは形式を重んずる夫カレーニンと重い愛情に飽きた情夫ウロンスキイの板挟みで、自殺してしまいます。

         

         理想は「形式」と「実態」、つまり婚姻形式と愛情(肉体+精神)が一致することです。名誉と財産目当ての結婚が事実上破綻することが多いのはその一致がないからなのです。逆に、愛情があっても貧困に耐えられず破綻することもあるのはその裏返しです。

         

         もし愛情を中心に婚姻が結ばれるならば、形式は後からついてくるように法改正したらどうかと考えます。

         法律が先にあって、それに合わせて婚姻関係をつくるならば、はみ出た部分は法律違反か国家的保護の対象とならない部分になってしまいます。

         それこそ、「家族」「婚姻」の歴史的変遷をつくる主体は夫婦であって法律ではないのです。生命保険や学校・職場に関連する瑣事に差別と偏見を持ち込むことは厳禁です。

         夫婦の選択的別姓など当然の成り行きであって、いまだにその法律が成立しないなんて後進の極みと言わざるを得ません。

         もし、同時に二人が好きになり、その二人がその関係を承認したとしたら、三角関係の夫婦(夫婦婦または婦夫夫)を許すぐらいのぶっ飛んだ承認も必要です。

         LGBTが許される社会ならそれもあり、ということです。

         

         

        文学ディスカシォーネ|-|-|-|-|by ネコスキイ

        大阪自民は共産以下!?

        2018.02.06 Tuesday
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           先日の衆院予算委員会での維新の会議員のなんとか言う人の発言を要約することこうなります。

           他にも、共産党がデマでも言うように見下げたり、あまりにも酷い発言をしています。

           テレビで現場を見て抗議した人も多かろうとおもいます。

           こんな議員を選んだ有権者と党の資質が問われます。

           

           案の定、何とかという党の重要な役職を解任したと、維新の党が発表したようです。

           こういう言い方を子どもたちも見ているということをよく考えて発言訂正をするところまで、追い詰めないといけません。

           

           ,箸いΔ、「議員辞職」を求めます。

           

           共産党が他党を攻撃することは多々あるけれども、それはビラや街頭であって国会では質問に徹しています。

           その場で理由もなくデマ攻撃することはないのです。

           それは共産党支持者ではなくとも知っているはずです。

           

           ところが言論の場で、議事録が残る形で意図して発言すとなれば、憲法を否定した国会議員としての自主的辞職が求められるのです。そうでないと、国会での発言の自由を憲法で認められている特権をもっている国民代表としての責任を問われるのです。違憲発言であることを自覚してください。

           また、日本の言論の自由の歴史に禍根を残すことになるからです。

           

           (注)日本国憲法第51条 両議院の議員は、議院で行った演説、討論又は表決について、院外で責任を問はれない。

           

           △覆里如当該部分の議事録を削除をもとめます。

           

           また、議員と党に対して、新聞・テレビ等での謝罪を要求します。

           

           これは、全政党および無所属が同一歩調をとらないならば、後日の攻撃を許し、自らの言論の自由を失うことになると考えるべきです。

           私も直接テレビで見て、いつか来た戦慄すべき時代が到来しつつあることを直感した大事件でした。

           

           「自民は共産以下」というなら千島返還要求の島数だという笑いごとにしか思えません(笑)。

           

          文学ディスカシォーネ|-|-|-|-|by ネコスキイ

          心の不倫は裁けない!

          2018.01.23 Tuesday
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            JUGEMテーマ:芸能

             

             最近、芸能界、政界、アナウンサー界で不倫は命取りになっていますが、例外があります。

             トップ階級に君臨する人は例外です。のぞき趣味の週刊誌さえ追いません。

             

             不倫は刑法上の犯罪ではありませんが、民法上の不法行為にあたります。

             民法上違法であるからといって、刑法上もただちに違法となるわけではないという違法多元説さえあるのです。

             これは当事者間の問題として処理するものであって補償等不服ならば裁判または話し合いで決着するのです。

             

             組織原則に肉体的不倫を処分の対象としている会社・団体があったとしても、それは自治原則、私的自治の範囲として許される存在なのです。

             ところが、小室哲哉氏は自分のけじめとして芸能界引退を発表したのです。

             会社や国家など関係ないのです。

             

             これは「社会の空気」に裁かれた感があります。

             トップ階級は例外があると言いましたが、小室氏はその例外の例外です。

               性交渉がなかったという真実から言うと、それを受け入れたのです。

             

             このことは、「社会の空気」を忖度したと言い換えてよいでしょう。

             心の不倫を裁くのはよくないことです。小室氏はこの禁じ手を自ら侵してしまいました。

             社会に大きな禍根を残すことになるでしょう。

             

             トップ階級の不倫として有名なのが、アンナ・カレーニナとその夫カレーニンを愛した伯爵夫人です。

             こちらは、階級とその腐敗としてとらえなくてはならない問題でした。

             

            文学ディスカシォーネ|-|-|-|-|by ネコスキイ

            マツコの「時代閉塞の状況」

            2017.02.07 Tuesday
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              JUGEMテーマ:ニュース

               タレントのマツコ氏は、ある番組で、

              「男性保育士による女児の着替え問題やアルバイトの病欠罰金問題、音楽教室からの著作権料徴収問題などが取り沙汰される現状に『もうみんな限界に来てるんだろうね、いろんなものが』と閉塞(へいそく)感を指摘し、根本的な議論が必要だと私見を述べた。」

              と報道されています。

               

               

               この時代感覚は多くが共有できる感覚だと思います。

               国債で大学の授業料を無償化することと抱き合わせに憲法「改悪」に持ち込もうとする自民党の思惑も、この時代閉塞の状況を表現していると思います。

               

               マツコ氏がこの教育の無償化についてどう考えているかについての言及はありませんが、「根本的な」議論として税金の議論をあげていることには共通するものがあります。

               もっと多くの国民が「人殺し」でない税収のあり方や支出の方法をある程度の良識をもって議論してほしいものです。

               毎年の脱税摘発額が300億円とか、タックス・ヘイブンに1年分の国家予算があるとか、特別会計に自由にできる埋蔵金が眠っているとか、法人税が少なすぎるとか、そういう具体的議論が積み重ねられてもいいと思うのです。

               国債といえば、日本の国債もそうですが、昨今話題の「為替操作」でアメリカ国債の100兆円が買われているという事実とかは是非、池上彰氏とマツコ氏との対談などでいじっていただきたいと存じます。

               

               そうだ!! 池上彰VSマツコ デラックス対談 なんていう企画も面白いと思います。

               石川啄木は『時代閉塞の状況』で日本の先行きを憂いましたが、マツコ氏の感覚でぜひ最近の閉塞状況の問題を提起してほしいと考えます。

               www.aozora.gr.jp/cards/000153/files/814_20612.html

               

               

               

               

              文学ディスカシォーネ|-|-|-|-|by ネコスキイ

              ングギ・ワジオンゴの夢

              2016.10.13 Thursday
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                JUGEMテーマ:読書

                 

                 ングギ・ワジオンゴ氏。

                 今年はノーベル文学賞の第一位に予想されています。

                 村上氏は2位予想。文学賞はとかく「抵抗者」に与えられがちになっています。

                 その方向性から行くと、やはりケニアのングギ・ワジオンゴに与えられそうです(間違っていたら御免)。

                 だだ、どういう活動をしてきたかがあまり日本に伝わってきません。ネットでも、著名なアフリカ独立運動家3人分を文学で一人でやりあげた人というくらいです。

                 一度だけ彼の講演を直接聞いたことがあります。また、その後、直接会って挨拶した記憶があります。

                 そのとき、政府の弾圧にあって腕や足に傷があるところを見せていただきました。

                 あの時なぜ、政府がこんな普通な人を傷つけるほど弾圧するのか、意味が分かりませんでした。

                 まだ、自分が政治的にも精神的にも成熟していない時期だったのでしょう。

                 『Burning Grass』(英語版)、『一粒の麦』などを読んでももう一つ意味が分からないかつての自分でした。

                 

                 あれから三十数年余、こんなノーベル賞候補になっているなんて夢にも思わなかったです。

                 蔵にしまってある図書をまた引っ張り出して、読んでみてみなさんに報告しますね。

                 

                 

                P.S.

                  ・・・君とよくこの店にきたものさ

                    わけもなくお茶を飲み 話したよ

                    学生で賑わった この店の

                    片隅できいていたボブ・ディラン (ガロ『学生街の喫茶店』)・・・

                 

                 現代の吟遊詩人ボブ・ディラン氏がノーベル文学賞を受賞したと聞いたとき、電気ショックが走りました。

                 しかし、ムベなるかなでもありますね。賛否両論ありますが、文学賞のフィールドが広がったと言わざるを得ません。

                 選考委員も若くなったのかもしれませんし。

                 この調子なら、ラップなんかもノーベル文学賞になりそうです。文学賞を目指す人は少し軸足を移して考えてみるべきでしょう。

                 ケニアのングギ氏もシリアのアドニス氏もいいですが、日本国憲法9条の歌もいいと思います。

                 

                 

                 

                 

                 

                 

                文学ディスカシォーネ|-|-|-|-|by ネコスキイ

                祖先がアイルランド 序章

                2015.06.28 Sunday
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                   ケルト音楽を聴くと心がなごみます。
                   祖先がアイルランド人のイギリス人と知り合いになり、交流しています。
                   
                   かつて、アイリッシュ・バーに入り浸りの私は、あの農家住宅を擬した造りのバーが大変お気に入りなのです。
                   溜池山王のドコモビルの地下にはダブリナーズというアイリッシュ・バーがあり、外人が出入りする大変フランキーなバーがあります。
                   ここで、一杯やっていると「モダン・アーバン・ルーラル」な気分に浸れて、フィシュ・アンド・チップスとギネスが超うまく感じます。
                   
                   最近、裏山の筍があまりに出すぎるので、知り合いになったイギリス人に収穫に来ていただきました。
                   ただし、祖先がアイルランドということなので、アイリッシュと言えませんが、彼はノスタルジーほ感じているそうです。
                   
                   司馬遼太郎は『アイルランド紀行』で、『風と共に去りぬ』の最後に「タラへ帰ろう」というスカーレット・オハラの言葉があるが、それは元々アイルランドの「タラ」であって、その意味は「大地」であると述べています。
                   ジャガイモしか取れないような貧しい大地にもかかわらず、やはりそこがアメリカ移民の原点だというのです。
                   
                   そういう文学を想起しながら、そのイギリス人をみるとなんだか愛おしい気持ちになりました。筍をアイルランドでは食する文化はないようですが、貧しき大地という所は同じ原点なんだと思います。それは搾取された農民なんですね。

                   ダブリナーズは、新宿、池袋、渋谷、赤坂、品川にあるようです。   http://www.dubliners.jp/

                   

                  文学ディスカシォーネ|-|-|-|-|by ネコスキイ

                  『火花』を読む

                  2015.05.13 Wednesday
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                     何かと話題になっています、お笑いコンビ・ピース又吉氏の小説『火花』を読みました。
                     三島由紀夫賞にノミネートされています。ゴールデン・ウィークの新幹線の中で読了してしまいました。
                     どこの書店に行っても平積みになっているので、よほど売れているのでしょう。
                     雑誌「anan」の表紙にコンビが出ています。
                     又吉氏の方は、なにかこう、いつも何か考えているような風貌ですね。
                     少し撫でれば弾けそうな感情をもっている繊細があるのでしょうか。


                     内容は読んでみてのお楽しみのため、ネタバラシはしませんが、小説の通奏低音として、お笑いに賭ける情熱と先の見えない哀調があると言っておきましょう。

                      特殊社会の法悦のような生き方と現実社会の矛盾という表現もできます。この小説は。
                     
                     
                     ピース綾部氏が言うように、これから彼らの漫才が「ボケと突っ込み」ではなく、「先生とアシスタント」形式に激変していく妙味を味わっていきたいと考えます。


                     又吉氏といえば、NHKの家族のヒストリーを探るという番組で、彼のルーツを沖縄、そして戦争・平和に求めていました。
                     それが、コンビ名の「ピース」になったのか、偶然だったのか。
                     
                     小説の最後の方で、人への思いやりのある「笑い」を求める態度が、先輩との対立的会話から表現されているのには、驚きを隠せませんでした。
                     
                     何やら、控えめでありながら、大きな社会的バックボーンを持ったコメディアンが出てきたという悪寒がしたからです。


                    P.S.

                     その後、又吉氏は芥川賞を受賞しましたが、ニュースキャスターの古館氏の発言が差別的だとか、又吉氏はテレビ出演料が増えて年収1億を超すとかが話題になっています。そりゃ毀誉褒貶というものは有名人にはつきものです。普通の山が急に富士山に成長したようなものですからね。

                     又吉氏の尊敬する太宰治は芥川賞が受賞できず、共産党に偏見を持ちつつも時代思潮に近づこうとして共産主義を接近し敗北自殺してしまいました。同じ時代に芥川賞を受賞した川端康成は反共を貫きながらも自己肯定できずに逗子で自殺しています。

                     ともにアドラーの言う、人からの承認を求めていたのにいわば否定された!!のです。太宰は芥川賞という承認、川端は自分の承認(諸説ある)。

                     そして、それはアドラーによると明治以降の賞罰教育の影響なのです。褒められるから勉強するという立場ではなく、ものがわかる楽しみがあるから勉強するという立場に変えなければ、たとえ芥川賞にアクセスできても、自分を肯定できないでしょう。

                     又吉氏には、そういう信賞必罰、賞罰教育の悪影響を超えていってほしいと存じます。



                     


                     



                    文学ディスカシォーネ|-|-|-|-|by ネコスキイ

                    西行について序論の終わり

                    2013.08.27 Tuesday
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                      白洲 正子
                      新潮社
                      ¥ 546
                      (1996-05-29)

                      JUGEMテーマ:学問・学校
                       西行とは、西(死地)に行くという意味です。
                       昨年のNHK大河ドラマ『清盛』にも絶世の美男子で和歌の名手として名高かったようです。
                       
                       どうして、なのに現世を絶って出家したのか。その経済的基盤は和歌山の荘園にあったと言われます。ああ、だから源平争乱の時代に自由に日本中を行き来できたのか、と合点がいきます。
                       己が子どもを蹴倒してまで俗世を捨てる理由の方はまだ分かりません。
                       高貴な方との男女関係のもつれがそうさせたのか。
                       
                       インドの友人がメールをくれて、hermitである西行saigyoの詩を英語で読んだが、どう思うか?質問されたので調べてみました。
                       西行について知ってはいるもののちゃんとした認識がないまま人生を送るのはクリープを入れない珈琲のようなものかもしれません。そして、問題の核心は、その詩(和歌)が美しいと感じる立場はどのようなものかでした。
                       
                       結論から言うと、花鳥風月を詠むのは、隠者ならそんなもんだよ、という当たり前の立場をさらに深めて、社会全体が激動の時代にそのなかで闘うのではなく、逃走して隔絶した自然と心を詠んだ中にはどんな技巧をこらそうとも美は存在しないという立場に立つことが人間として大切なのだ、ということでした。
                       これは西行全否定論になります。
                       過激ですが、過去にそんなのがあったというぐらいの和歌の存在です。
                       
                       西行についての評論で有名なのは、小林秀雄、吉本隆明、白洲正子です。
                        この名前を聞いただけでも、ある立場の人たちにはあまりいい感じがしないでしょう。
                       同感です。
                       
                       ソ連時代に、マルクス主義芸術論は花鳥風月では社会は変わらないと考えていた論調と指導がありました。
                       しかし、花鳥風月はストレスを解消し現代社会に大いなる貢献をしているのです。
                       そういう柔軟な芸術理解こそ現代に生きる芸術の解釈でしょう。ほんとうの共産主義者ならば、そう思うのが当然でしょう。
                       頼朝に銀製の猫の置物をプレゼントされても、ほいと子どもに与えてしまう無頓着な西行の甲斐性は、その経済的基盤にあっただけなのです。
                       金持ちの芸術です。
                       
                       だから、序論だけ書いて終わります。
                      文学ディスカシォーネ|-|-|-|-|by ネコスキイ
                       
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