ヘンゼルとグレーテル

2019.07.11 Thursday
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    JUGEMテーマ:エンターテイメント

     

     久々、グリム童話の一つ『ヘンゼルとグレーテル』を読みました。

     久々といっても何時から読んでいなかったのかわからないほど前です。

     しかも、文字で読んだのかどうかはっきりしないくらい前です。

     もしかしたら、絵本で読んだのかもしれません。

     

     なぜか、私はメーテルリンクの『チルチル、ミチル』と混同することが多く、でも、ということは「チルチルミチル」がどんな物語だったのか、それも思い出せません(実は、『青い鳥』の主人公で、幸せは身近にあるという寓意を含んだ物語です)。

     メーテルリンクはベルギーのノーベル賞作家ということも後で知りました。クラッシック好きなら「ぺリアスとメリザンド」という曲を知っているでしょう。

     

     さて、なぜ、「ヘンゼルとグレーテル」を読んだかというと、NHKの朝ドラ「なつぞら」で、主人公が短編アニメの元ネタにしようと提案していたことがきっかけでした。

     

     その物語の最後に魔女をパンの焼窯に押し込んで焼き殺してしまうシーンが子どもには残酷でした。その点ドラマでも短編アニメでも触れていて、違うスペタクルなシーンに替えることを提案しています。

     子どもたちを支配する魔女が、その魔女を虐げる悪魔を裏切って、子どもたちとともに怨念を森の魂に込めて反撃させる!!

       「大魔神」のような話で、国民を守る進撃の巨人のような話を仕立てようとしていました。

     

     多くが「ジブリ」のようなパターンで、東大出身の、か弱い新人助監督が「高畑勲」、ストーリーもアニメも描けるスーパー新人アニメーターは「宮崎駿」というモデルも透けて見えてきました。

     では、主人公の「なつ」は誰だろう?

     しかし、現実の中に架空の人物を入れることで、主張を表現することはできます。

     「赤い星座」は「俳優座」と「東京芸術座」の融合のように見えます。

     

     

    ☆Ce n'est rien.... Ne pleure pas.... Je le rattraperai.... [S'avançant sur le devant de la scène et s'adressant au public.] Si quelqu'un le retrouve, voudrait-il nous le rendre?... Nous en avons besoin pour être heureux plus tard....
    Maeterlinck, Maurice. L'oiseau bleu Feerie en six actes et douze tableaux (French Edition) . Kindle 版.

    ☆Never mind…. Don't cry…. I will catch him again…. (Stepping to the front of the stage and addressing the audience.) If any of you should find him, would you be so very kind as to give him back to us?… We need him for our happiness, later on….
    Maeterlinck, Maurice. The Blue Bird: a Fairy Play in Six Acts . Kindle 版.
    文学ディスカシォーネ|-|-|-|-|by ネコスキイ

    イワンの馬鹿Иван-дуракを読む

    2019.06.04 Tuesday
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      JUGEMテーマ:読書

       

       これもトルストイ読書の一貫として必読文献なのでしょう。

       童話で、ヴ=ナロード(農民の中へ)ということでしたね。

       

       馬鹿な農民の三男が働き詰めに働いて、悪魔の力によって王様になってしまう。

       働くことが主眼であり、金の流通や戦争とも無縁。兵隊は歌を歌う集団だと思っている牧歌的な農民を描いています。

       

       このあたりを井上ひさしは嫌ったのではないかと思います。アンデルセンのような王様のとらえ方ではなく、働いて悪魔的力さえ発揮すれば王様にさえなれて、戦争の意味も理解できなくなる。頭脳で働く意味も分からず、耕すことで価値を獲得するという一点でストーリーは展開しているのですから、童話と言えども批判の多い作品と言えるでしょう。

       

       このストーリーで思い出すのは「三匹の子ブタ」です。一番下の弟が一番賢いのですが、トルストイはそれを逆転して一番「馬鹿」という設定にしています。

       しかし、これはアイロニーであってむしろ尊敬に値する馬鹿正直にちかいものがあるです。

       侵略してきた兵隊を心で追い返し意味なきものにしたり、「金」で食事にありつこうとすること自体の意味を問い、「頭」で働くことの無意味さと耕作の重要性を訴えているのですが、現在の職業多様性から考えると理解しがたい内容があります。

       

       たとえば、大橋梁を作る工事を考えると、肉体的に働く人はもちろん、クレーンを操作する人、設計を担当する人、会計を担当する人、融資を考える人など、多くの頭脳労働者がいるし、肉体労働とは言え機械操作は頭脳労働と言えるでしょう。

       こう考えると、吉野源三郎氏の「君たちはどう生きるか」のように継起的に職業の連鎖を考えざるをないのです。

       そして、これが普通の思考回路になっている現代人は、耕作一つで生きているわけではないことも潜在的に知っているのです。

       

       だから、このトルストイの「イワンの馬鹿」は農業でさえ未発達な田舎ロシアでは話になるけれども、発達した資本主義国日本では、かなり無理のある童話であることもわかるでしょう。

       童話で語り掛けようという意義は否定しませんが、限界のある仕事だということも主張すべきです。

       

       

       

      文学ディスカシォーネ|-|-|-|-|by ネコスキイ

      トルストイ『復活』のマルクス

      2019.05.23 Thursday
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        評価:
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        ソニー・ピクチャーズエンタテインメント
        ¥ 4,075
        (2016-11-02)

        JUGEMテーマ:読書

         トルストイ全集を読み続けています。

         

         ISISで教育を受けたような維新の会の議員が戦争してロシアから領土を取り戻せと言わんばかりの主張をいまだに続けて議席を死守しているなか、このトルストイという大文豪は今でこそ為になる先進的な思想を表明しています。

         

         『戦争と平和』、『アンナ・カレーニナ』と変遷をへて『復活』に至る彼の精神発展は、すなわち社会の発展を物語るものでした。

         科学・技術がさほど発展していない19世紀にこのような見通しを持った作家はほかにいないでしょう。

         維新の議員なぞ、トルストイが『戦争と平和』を書いた時期以前の思想で、まくし立てているのであきれてしまいます。はやく辞任させてほしいと思うのです。

         

         『戦争と平和』では、戦争と民衆の悲劇、戦争を起こす主体を皇帝から描きました。『アンナ・カレーニナ』では、その主体となった貴族社会の腐敗とそれに代わる道徳を対比的に描き、『復活』では、「階級」を恥じてすべてを捨てて新しい社会を模索する人物群像を描いています。

         

         とくに『復活』はロシアの革命運動の歴史を紐解くうえでも歴史的産物であり、アナーキズムに傾斜しない未来社会を建設するという思想を身に着けるうえで、橋渡しとなった小説です。

         シモンソン、コンドラチェフ、パヴロワなどの活動家がカチューシャに影響を与える第三部は読みごたえがあります。

         

         ・・・・・・・

         

         農民は死にかけている、しかも自分が死にかけているという事実にまひしてしまっている。
        彼らのあいだには死に魅入られたような生活態度ができあがっている。
         農民の貧困のすべてが、あるいは少なくとも貧困の主要な、至近な原因が、農民を養ってくれる土地が、農民の手になく、土地の所有権を利用して、農民の労働によって生活している人々の手ににぎられていることにあることも、まったく明らかだった。
         ぬすんではいけない。と彼は言われます。ところが彼は、工場主が彼の労賃をけずって、彼の労働をぬすんでいることを知っているのです。政府とすべての役人たちが、税金の形で、たえず彼からかすめとっていることを知っているのです。
         彼(コンドラチェフ)は禁欲生活が身について、ごく小さなことに満足した。彼はこどものころから働くことを教えられて、・・・やすやすと器用にどんな肉体労働でもこなすことができたが、しかしなによりも自由時間をたいせつにして、獄内や宿営で学習をつづけていた。彼はマルクスの第一巻を勉強していた。そしてまるで宝物のように、たいせつにそれを袋のなかにしまっていた。・・・・しかし彼は、カチューシャのことは哀れんで、彼女に上流階級による下層階級搾取の見本を見て、彼女にはやさしい態度をとっていた。この理由のために彼はネフリュードフを好かず、口もきかないし、手を握りかえすこともしないで、ネフリュードフが握手をもとめると、ただ手を出して相手の握るにまかせるだけだった。
        ・・・・・・・
         
         以上の一節をとってみても、何世代も前の話なのに、今に生きている小説だということが、よくわかると思います。
        戦争で領土を取り戻せ、なんて話にならないのです。
         松井須磨子が「カチューシャ」を演じ、AKB48が「カチューシャ」を歌い、今、こういう小説の中身の真価と進化が問われているのです。

         

         

         

         

        文学ディスカシォーネ|-|-|-|-|by ネコスキイ

        実践『新エロイーズ物語』

        2018.08.16 Thursday
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          JUGEMテーマ:読書

           

           最近、文学史にこだっわっているのは、名作に時代反映が正確に表れ、現在の道徳に直結しているからです。

           長く『パンセ』を読み続け、なぜパスカルがそう断言したのかを考えていたことが、最近やっと解けてブログにしたためたのもそのこだわりからでした。

           

           ギリシャ・ローマ時代からランダムに考えて、時代に文学で抗い今も伝わっている面白い小説は、 悒螢紂璽轡好肇薀董(アリストパネス)、◆愎清(コメディア)』(ダンテ)、『ドン・キホーテ』(セルバンテス)、ぁ悒螢船磧璽瓢粟ぁ(シェイクスピア)、➄『新エロイーズ物語』(ルソー)、Α愽活』(トルストイ)、А愿椶蠅里屬匹Α(スタインベック)、─愎繃伝』(羅漢中)、『佐倉義民伝』(歌舞伎脚本)、『圓生と志ん生』(井上ひさし)などです。

           

           今後、折に触れてその面白さを解説していきますが、今回は『アンナ・カレーニナ』の愛について触れた続きで、ルソーの『新エロイーズ物語』を考えたいと思います。

           ルソーと言えば論文『社会契約論』と小説『エミール』は有名ですが、今回『新エロイーズ物語』を取り上げる根拠は、自由な意思に基づく恋愛と結婚という今では当然の社会規範を作り上げた当時の大ベストセラーだったからです。

           テレビもネットもないのに、社会を席巻する、という言葉どおりゴロっと社会の雰囲気を変えた小説だったのにあまり最近は取り上げられません。

           詳細は読んでもらうとして、この小説は当時の不合理な身分制度とその結婚を弾劾するものであり、そういう制度の最大の被害者である女性のために、恋愛と結婚の自由を主張しました。いわゆる、ロマン主義小説の源泉です。これが、スタール夫人、ジョルジュ・サンド、ゲーテの『若きウェルテルの悩み』などに強く影響しているのです。

           

           簡単に申し上げると、

           悒螢紂璽轡好肇薀董戮禄性の側がセックス・ストライキで軍隊を解散させ平和を取り戻す喜劇

          ◆愎清福戮蓮中世キリスト教、とくに法王などの教会批判

          『ドン・キホーテ』は、中世封建制度をちゃかした小説

          ぁ悒螢船磧璽瓢粟ぁ戮癲⊂祿下圓任劼佑れて育った貴族が権力闘争に敗れる反語的小説

          ➄『新エロイーズ物語』は、自由に恋愛と結婚を主張、自然描写で引き立てた小説

          Α愽活』は、陪審員の手落ちで罪にされた美女を良心で救済しようという物語

          А愿椶蠅里屬匹Α戮蓮30年代アメリカの恐慌下での農民の苦労とたたかい

          ─愎繃伝』は、中国の政治腐敗とたたかう108人の義民のたたかい

          『佐倉義民伝』は、歌舞伎にもなった江戸時代、農民の窮状直訴物語。

          『圓生と志ん生』は、戦後の焼け野原から立ち上がった落語家師匠の物語。

           

          文学ディスカシォーネ|-|-|-|-|by ネコスキイ

          送り火のパスカル

          2018.08.15 Wednesday
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            JUGEMテーマ:読書

             ときどき自分は歴史の上でどこにいるのか、考えてみることも長い人生では必要かと思う。
             現代人はホモ・サピエンスの生き残りであり、様々な危機を奇跡的に乗り越えてきたのであり、その先祖がいて今がある、ということをこのお盆の送り火のなかでひしひしと感じることも大切である。
             また、無意味な戦争があってそれを克服してきた、人権と平和主義の前世紀があり、自分がいるのだと考えると世界一とか日本一ということに無意味さを思わざるを得ない。
             ボクシング協会の会長が朝鮮人のハーフだとか、ヤクザの子分だったとか、週刊誌に書かれているとひどい差別意識がまだあるなぁと、感じる。東京医大という先進的と思しき組織であっても女子差別意識が底流にあると考えると、静かなたたかいこそ絶対的な歴史のエンジンであると感じる。

             この世界の片隅であっても、全世界を感じ、歴史の一端を担っているのではある。

             

             と、考えていた時、パスカルの有名な言葉「人間は考える葦である」という言葉を思い起こし、この静かなたたかいを進める人間はそれほどヤワではないのではないかと思った。

             そのような言葉を欲するパスカルに透徹した精神と人類進歩への不理解を感じたのである。

             デカルトは人間の理性によってすべては解決すると信じたが、パスカルは、どんな努力でも人間の認識しえない部分は残るから、人間は絶対的真理に到達しえないため、理性を捨てて神に頼らなければならぬと考えた。デカルトも絶対的主観では批判すべきところがあるとしても、当時としては進歩的だった。

             マクロ・ミクロを見ても人間の認識は相対的で絶対的真理を追究することが使命であって、その意味で100%認識はありえないので、それが科学であって、だからと言って絶望することはない。

             パスカルは、解決できないことは神に頼ろうとした当時の普通の人であって、「葦」だと嘆くほどのことでもないのに嘆いた悲劇が「パンセ」であり、他方、パスカルは楽観的には喜劇役者にも見える。

             

            「帰するところ人間は自然の中にあって何ものであるか?無限に比すれば虚無、虚無に比すれば一切。無と一切の中間物」(断片72)

            謙虚にこの一節を受け止め、「一切」に近づくように努力するのが成長と歴史なのではないか。

             

             

            文学ディスカシォーネ|-|-|-|-|by ネコスキイ

            「アンナ・カレーニナ」 3

            2018.07.27 Friday
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              JUGEMテーマ:読書

               

               「アンナ・カレーニナ」はアンナのテーマとレーヴィンのテーマの矛盾です。

               アンナは事実婚(不倫とは言い難い)とレーヴィンの愛のある形式婚(旧態依然として)に、「家族」の形を発見しようとする物語なのです。

               エンゲルスも『家族、私有財産、国家の起源』でモルガンの『古代社会』を引用しつつ、「家族」の変態と推移について述べ、未来社会を構成する「家族」の在り方を研究しました。

               その大きな人間としての探求の歴史ーーこれは誰しもが一度は考えることではありますが、ーーその中に、「アンナ・カレーニナ」を位置づけるのが一番ストレートな鑑賞方法だと考えます。

               

               中国では「織姫」が「彦星」を訪問するという嫁入り婚形式の七夕伝説になっているのに、日本では「彦星」が「織姫」を訪問する婿入り婚形式になっているのは、家族形態が歴史的に中国の方が "進んでいた" と考える研究者もいます。

                 レーヴィンのロシアでは、キティがレーヴィン宅に来ているので嫁入り形式を踏んでいます。

               当時としては、普通の形式にも拘わらず、レーヴィンは頑張ってそこに嫁入り財産など関係なく「夫婦愛」を尊重するようにしています。ところが、アンナの方は形式はともかく、事実婚で「夫婦愛」だけに基づいた生活に固執しています。

               アンナは形式を重んずる夫カレーニンと重い愛情に飽きた情夫ウロンスキイの板挟みで、自殺してしまいます。

               

               理想は「形式」と「実態」、つまり婚姻形式と愛情(肉体+精神)が一致することです。名誉と財産目当ての結婚が事実上破綻することが多いのはその一致がないからなのです。逆に、愛情があっても貧困に耐えられず破綻することもあるのはその裏返しです。

               

               もし愛情を中心に婚姻が結ばれるならば、形式は後からついてくるように法改正したらどうかと考えます。

               法律が先にあって、それに合わせて婚姻関係をつくるならば、はみ出た部分は法律違反か国家的保護の対象とならない部分になってしまいます。

               それこそ、「家族」「婚姻」の歴史的変遷をつくる主体は夫婦であって法律ではないのです。生命保険や学校・職場に関連する瑣事に差別と偏見を持ち込むことは厳禁です。

               夫婦の選択的別姓など当然の成り行きであって、いまだにその法律が成立しないなんて後進の極みと言わざるを得ません。

               もし、同時に二人が好きになり、その二人がその関係を承認したとしたら、三角関係の夫婦(夫婦婦または婦夫夫)を許すぐらいのぶっ飛んだ承認も必要です。

               LGBTが許される社会ならそれもあり、ということです。

               

               

              文学ディスカシォーネ|-|-|-|-|by ネコスキイ

              大阪自民は共産以下!?

              2018.02.06 Tuesday
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                 先日の衆院予算委員会での維新の会議員のなんとか言う人の発言を要約することこうなります。

                 他にも、共産党がデマでも言うように見下げたり、あまりにも酷い発言をしています。

                 テレビで現場を見て抗議した人も多かろうとおもいます。

                 こんな議員を選んだ有権者と党の資質が問われます。

                 

                 案の定、何とかという党の重要な役職を解任したと、維新の党が発表したようです。

                 こういう言い方を子どもたちも見ているということをよく考えて発言訂正をするところまで、追い詰めないといけません。

                 

                 ,箸いΔ、「議員辞職」を求めます。

                 

                 共産党が他党を攻撃することは多々あるけれども、それはビラや街頭であって国会では質問に徹しています。

                 その場で理由もなくデマ攻撃することはないのです。

                 それは共産党支持者ではなくとも知っているはずです。

                 

                 ところが言論の場で、議事録が残る形で意図して発言すとなれば、憲法を否定した国会議員としての自主的辞職が求められるのです。そうでないと、国会での発言の自由を憲法で認められている特権をもっている国民代表としての責任を問われるのです。違憲発言であることを自覚してください。

                 また、日本の言論の自由の歴史に禍根を残すことになるからです。

                 

                 (注)日本国憲法第51条 両議院の議員は、議院で行った演説、討論又は表決について、院外で責任を問はれない。

                 

                 △覆里如当該部分の議事録を削除をもとめます。

                 

                 また、議員と党に対して、新聞・テレビ等での謝罪を要求します。

                 

                 これは、全政党および無所属が同一歩調をとらないならば、後日の攻撃を許し、自らの言論の自由を失うことになると考えるべきです。

                 私も直接テレビで見て、いつか来た戦慄すべき時代が到来しつつあることを直感した大事件でした。

                 

                 「自民は共産以下」というなら千島返還要求の島数だという笑いごとにしか思えません(笑)。

                 

                文学ディスカシォーネ|-|-|-|-|by ネコスキイ

                心の不倫は裁けない!

                2018.01.23 Tuesday
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                  評価:
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                  JUGEMテーマ:芸能

                   

                   最近、芸能界、政界、アナウンサー界で不倫は命取りになっていますが、例外があります。

                   トップ階級に君臨する人は例外です。のぞき趣味の週刊誌さえ追いません。

                   

                   不倫は刑法上の犯罪ではありませんが、民法上の不法行為にあたります。

                   民法上違法であるからといって、刑法上もただちに違法となるわけではないという違法多元説さえあるのです。

                   これは当事者間の問題として処理するものであって補償等不服ならば裁判または話し合いで決着するのです。

                   

                   組織原則に肉体的不倫を処分の対象としている会社・団体があったとしても、それは自治原則、私的自治の範囲として許される存在なのです。

                   ところが、小室哲哉氏は自分のけじめとして芸能界引退を発表したのです。

                   会社や国家など関係ないのです。

                   

                   これは「社会の空気」に裁かれた感があります。

                   トップ階級は例外があると言いましたが、小室氏はその例外の例外です。

                     性交渉がなかったという真実から言うと、それを受け入れたのです。

                   

                   このことは、「社会の空気」を忖度したと言い換えてよいでしょう。

                   心の不倫を裁くのはよくないことです。小室氏はこの禁じ手を自ら侵してしまいました。

                   社会に大きな禍根を残すことになるでしょう。

                   

                   トップ階級の不倫として有名なのが、アンナ・カレーニナとその夫カレーニンを愛した伯爵夫人です。

                   こちらは、階級とその腐敗としてとらえなくてはならない問題でした。

                   

                  文学ディスカシォーネ|-|-|-|-|by ネコスキイ

                  マツコの「時代閉塞の状況」

                  2017.02.07 Tuesday
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                    JUGEMテーマ:ニュース

                     タレントのマツコ氏は、ある番組で、

                    「男性保育士による女児の着替え問題やアルバイトの病欠罰金問題、音楽教室からの著作権料徴収問題などが取り沙汰される現状に『もうみんな限界に来てるんだろうね、いろんなものが』と閉塞(へいそく)感を指摘し、根本的な議論が必要だと私見を述べた。」

                    と報道されています。

                     

                     

                     この時代感覚は多くが共有できる感覚だと思います。

                     国債で大学の授業料を無償化することと抱き合わせに憲法「改悪」に持ち込もうとする自民党の思惑も、この時代閉塞の状況を表現していると思います。

                     

                     マツコ氏がこの教育の無償化についてどう考えているかについての言及はありませんが、「根本的な」議論として税金の議論をあげていることには共通するものがあります。

                     もっと多くの国民が「人殺し」でない税収のあり方や支出の方法をある程度の良識をもって議論してほしいものです。

                     毎年の脱税摘発額が300億円とか、タックス・ヘイブンに1年分の国家予算があるとか、特別会計に自由にできる埋蔵金が眠っているとか、法人税が少なすぎるとか、そういう具体的議論が積み重ねられてもいいと思うのです。

                     国債といえば、日本の国債もそうですが、昨今話題の「為替操作」でアメリカ国債の100兆円が買われているという事実とかは是非、池上彰氏とマツコ氏との対談などでいじっていただきたいと存じます。

                     

                     そうだ!! 池上彰VSマツコ デラックス対談 なんていう企画も面白いと思います。

                     石川啄木は『時代閉塞の状況』で日本の先行きを憂いましたが、マツコ氏の感覚でぜひ最近の閉塞状況の問題を提起してほしいと考えます。

                     www.aozora.gr.jp/cards/000153/files/814_20612.html

                     

                     

                     

                     

                    文学ディスカシォーネ|-|-|-|-|by ネコスキイ

                    ングギ・ワジオンゴの夢

                    2016.10.13 Thursday
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                      JUGEMテーマ:読書

                       

                       ングギ・ワジオンゴ氏。

                       今年はノーベル文学賞の第一位に予想されています。

                       村上氏は2位予想。文学賞はとかく「抵抗者」に与えられがちになっています。

                       その方向性から行くと、やはりケニアのングギ・ワジオンゴに与えられそうです(間違っていたら御免)。

                       だだ、どういう活動をしてきたかがあまり日本に伝わってきません。ネットでも、著名なアフリカ独立運動家3人分を文学で一人でやりあげた人というくらいです。

                       一度だけ彼の講演を直接聞いたことがあります。また、その後、直接会って挨拶した記憶があります。

                       そのとき、政府の弾圧にあって腕や足に傷があるところを見せていただきました。

                       あの時なぜ、政府がこんな普通な人を傷つけるほど弾圧するのか、意味が分かりませんでした。

                       まだ、自分が政治的にも精神的にも成熟していない時期だったのでしょう。

                       『Burning Grass』(英語版)、『一粒の麦』などを読んでももう一つ意味が分からないかつての自分でした。

                       

                       あれから三十数年余、こんなノーベル賞候補になっているなんて夢にも思わなかったです。

                       蔵にしまってある図書をまた引っ張り出して、読んでみてみなさんに報告しますね。

                       

                       

                      P.S.

                        ・・・君とよくこの店にきたものさ

                          わけもなくお茶を飲み 話したよ

                          学生で賑わった この店の

                          片隅できいていたボブ・ディラン (ガロ『学生街の喫茶店』)・・・

                       

                       現代の吟遊詩人ボブ・ディラン氏がノーベル文学賞を受賞したと聞いたとき、電気ショックが走りました。

                       しかし、ムベなるかなでもありますね。賛否両論ありますが、文学賞のフィールドが広がったと言わざるを得ません。

                       選考委員も若くなったのかもしれませんし。

                       この調子なら、ラップなんかもノーベル文学賞になりそうです。文学賞を目指す人は少し軸足を移して考えてみるべきでしょう。

                       ケニアのングギ氏もシリアのアドニス氏もいいですが、日本国憲法9条の歌もいいと思います。

                       

                       

                       

                       

                       

                       

                      文学ディスカシォーネ|-|-|-|-|by ネコスキイ
                       
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