まるくす勧進帳 3

2010.12.04 Saturday
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     第敬堯‖塚鄰甘官クラウディア


     トガーシュは、エンゲルスの殴った部下が、マルクス三世本人であることに気付いて
    いた。だが、同志を守ろうというけなげな努力と人間性と連帯に感動して見て見ぬふり
    をした。
    最後の歓迎会は、一瞬のすきを狙った策略だった。エンゲルス得意のサルサを要求し
    たのは、心の動揺なく「嘘」をつけるかどうかを試したのである。が、若くして老獪
    なエンゲルスは罠にかからなかった。
    「自分には縦の関係の人間しかいない。外界とは隔絶された世界にしかいきてこなか
    った」、トガーシュは自らの生い立ちを振り返る。横の友情も愛情も抱けず生え抜きで
    スパイとして養成されてきた。
    感情を正直に表現できない人間になりはてたのである。
    ドイツ映画「善き人のためのソナタ」の盗聴スパイは、対象の二人の愛に触れて憧れ
    をもってしまったため、任務をおろそかにし機関から処分されてしまう。
     トガーシュの行為は、それと同じで内閣官房から処分され、懲戒解雇か、さらなる成果の選択を迫られる。もちろんトガーシュは後者を選んだ。後がない。
     「もう一度。もう一度、成果を上げますので処分は留まってください」と内閣官房直属の国家安全保安機構に呼び出されて、哀願し決意を表明した。
    そこで仕組んだのが、マルクス三世を堕落させ骨抜きにする謀略だった。
     アーヘンのチェック・ポイントをすり抜けたエンゲルス、マルクス一行はベルギーのブリュッセルに到達。フランソワ・グザビエ通ヴァーノー街区のアパルトマンの一室に落ち着いた。ベルギーの同志の手引きによった。
     ビスマルク政府は、ベルギー政府に協力を呼びかけ帰国命令を要請したが、政治亡命を認めているベルギー政府の権限は退去勧告までで、しかも公共の福祉を犯さない外国人まで強制執行できない。ベルギー憲法で禁止していた。
     エンゲルスは何もなかったかのように一旦、商談のため、アムステルダム経由で日本支社に行き、マルクス三世らはアパルトマンに分散して留まった。その時、交流を深めたのが情熱の革命詩人ハイネットである。
     トガーシュは、若きマルクスのアパルトマンに絶世の美女、クラウディア・シェーンベルクを送り込み、道徳的に堕落させ社会からの孤立をはかろうとした。マルクスはベルリンに妻イェニーと娘を置いて潜行しブリュッセルに到着した。その寂しさの心の間隙をトガーシュは衝こうと考えた。
     クラウディア・シェーンベルクは、国家安全保安機構所属。表向きは女優だが映画やテレビに出ていたという話は一切聞いたことがない。舞台にも出ていない。人を堕落させる手練手管を、ベルリンの(    )学校で学んだ堕落担当女性警官だった。
    機構からの命令を受けてクラウディアはブリュッセルのアパルトマンに出張した。アパルトマンの屋根裏にマルクス三世は隠れていた。
    クラウディアの訪問は、妻イェニーの使いが大義名分だった。ドイツからの手紙を届けるために忍んできたというのだ。
    長い旅路の労苦をねぎらうために、マルクスは、たった二間しかない屋根裏部屋の台所のテーブルで応接。妻からの手紙を受け取った。筆跡も同じ。
    コーヒーを注ぎながら、
    「それで、あなたとイェニーとの関係は?」
    と当然の問いをマルクスは発した。
    クラウディアは、
    「私、お父様の秘書です」
    確かに、マルクスの父親は弁護士事務所を開設していた。そこの新しい秘書だろう、長い間、離れ離れになっているので事務所の事情まで、知らないのもおかしくはない。
    また、よく知っている人間を派遣するのも、亡命中のマルクスにも、家族にも忍びがたい危険にさらす。
    「こんなに遠いところを。飛行機でいらっしゃったのですか」
    「アムステルダム経由です。ただ、私はもともとブリュッセルで生まれなので、この地に明るいということでお父様からイェニー様の手紙を託されたのです。自らは連れ合いと別れまして自由の利く身になっているのです」
    関係ないことを言う女だとキッとなりつつ、
    「生き別れですか、死に別れですか」
    とマルクスが問うと、
    「生き別れ、協議離婚したということです。どうしても考えが合わなくって。ところで、マルクスさんが亡命されてからというもの、ドイツでは民主主義の灯が消えたようになっています。人々は議会にも地域にも民主主義がなくなれば、のどが渇きます。ところが、こちらブリュッセルに参りますとポスターも自由に貼れ、政治ビラも自由にポスティングできる。選挙の個別訪問も自由というから、全く違う民主主義の政治風土です。私もお父様の事務所で働いて実際の法律を学んでいる一人ですが、やがては女性政治家を目指そうと考えていたところです。だから、お父様から頼まれた時は、女の身にもかかわらず、先進的なマルクスさんにも一度お目にかかりたいと逆に志願したほどなのです」
    泉のように澄んだつぶらな眼には深い決意が漲っているように、マルクスには見えた。
    「そうですか。立派なこころがけです。それで、なぜブリュッセルからベルリンに移られたのかな。」
    それでもなお、いぶかりながらマルクスは訊いた。クラウディアは、
    「高校生の頃、ベルギー人の父親が離婚して、ドイツ人の母親の故郷に引き取られベルリンに住んだのです。この父親が浮気症で、それに嫌気がさして離婚したと聞いております」
    「哀れな物語ですよね。親の都合で子どもが振り回されるなんて」
    と、マルクスはもう何か月も人と口を聞いていなったので人恋しくなっていたのに気づいた。
    「お父様は、せっかく遠いところへ出かけて行くのだから、マルクスさんのお話もよく聞いてこいともおっしゃっていました。それで亡命の憂さも晴らせるでしょうと。壁に耳ありで、屋根裏部屋といっても大きな声では階下に響くし、小さい声では聞こえにくいので、近くによってよろしいでしょうか」
    「構わないが・・」
    躊躇せず、クラウディアはテーブルの椅子をマルクスの横に移動させた。マルクスの鼻に香水のにおいがついてきた。しばらくぶりにかいだ甘い香りだった。
    「もう何か月も人と会わないと、しゃべり方も目の合わせ方も忘れてしまう」
    マルクスは関を切ったようにしゃべりだした。
    「クラウディアさん。父によく伝えてください。国境のアーヘンで、同志エンゲルスの機転で助けられほっとしたのも束の間、これからどうやって生活していくのか。考えあぐんでいる。目立たない掃除のアルバイトも面接で断られ、政治亡命者と分かればそれだけで書類選考でおとされる。かといって、経歴書に嘘を書くわけにはいかない。ドイツなまりのフランス語も就職の邪魔。職が見つかれば、なんとかカツカツの生活でも合間に政治活動と執筆はできると思い込んでいたが、甘かった。故国の政治は変えなければならない、そういう高邁な理想は崩せない。一方、こう兵糧攻めでは、窮鼠猫をかむことになりそうだ。霞を食って活動した政治家はいない。援助者がどうしても必要なのだ。ここで寝返ったり、自暴自棄になったりしたら敵の思う壺だ。だから、今までよりも厳格な生活をし、節制している。日々、哲学書や文学書を読み、執筆をすること12時間。これが今、私の最大の命綱になっている。子どものころから読んだ本を読み返し、どこが発展したのか、どこが欠けていたのかを詳細に自己点検する人生の休暇ととらえて自身を慰めている。」
    「イェニーと娘のことを思い出すと心が締め付けられる。どうしようもないジレンマだ。心も騒げば肉体も暴れだす。私は、ああ、大罪人です。自分を責めるとストレスもたまる。」
    クラウディアは、小さくうなずきつつ聞いていたが
    「そう、ご自分を責めなくても。今までの活動は誰も否定できませんわ。私の元の連れ合いも実は活動家で、ビスマルク政府に軟禁されております。はじめて会った時は、なんと優秀な、でも遊び人っぽい活動家でした。それが最近の活動家像だと勘違いしていました。絵なんかもさらさら描いてあまりにみごとなものですから、というより、その手の美しさというものが、女性の手よりしなやかなので、これはもう、どうも表現できないくらいでしたのよ。別れたのは、道徳の違い、女性観の違いです。それに比べれば、あなた様は、故国に妻子を置きながら、日本の作家が謳った「やわ肌の熱き血潮に触れもみで、寂しからずや、道を説く君」という気持ちにさせてしまいます。」
    いきなりストレートに虚を突かれたマルクスは、官能的な言葉遣いに酔っていた。
    的を射たと思ったクラウディアは、さらに、
    「マルクスさんは勉強ばかり。でも、私たちは、若いころ海や川に遊びに行き、ヒールを脱いでスカートをなびかせて浜辺を走ったものです。遠浅の浜辺は、波が静かで引いた瞬間に砂が光るんですよ。ドラマみたいに波打ち際で抱き合ったものですね。思い出は美しく、現実は厳しいですが。」
    と、マルクスの前でスカートの脚を組みかえて見せた。マルクスは目のやり場に困ったが、心は火照りを感じた。クラウディアはつづける。
    「ほの暗い夕方、走って着いた先が漁師のあばら家。彼はすぐに手をとって中に入り、何かの積もる物語をして、酒を飲むやら、二人は組んで転んで、転んで組んで、そのうち、男女関係になったのです。「明日はまた誰かなからんも知れぬ世に、友ある今日の日こそ惜しけれ」なんて刹那主義、笑っちゃいますが、ほんとのことだったんですね。彼はそれでも活動家と主張してはばからなかったのです。」
    その時、急に、マルクスは椅子から崩れ落ちた。心火照りから、高血圧に悩んでいたマルクスは朦朧となり、連日の猛勉強の疲れと栄養不足からも、貧血を起こしたのだ。
    クラウディアは、とっさに体温と呼吸を確認し、口移しで水を含ませ、体温が落ちないように体を合わせて数分たった。
    マルクスは、クラウディアの腕の中で意識を戻しはっとして、
    「うんっ?、社会革命家にあるまじき態度だ。女性の話に聞き惚れて、思わず火照ってしまいました。なぜ、こんな話になったのか。もとにもどそうじゃありませんか。」
    と、唇はからからに乾いて悪寒のするのを隠しながら言った。

     

    小説ブログ|-|-|-|-|by ネコスキイ

    まるくす勧進帳  2

    2010.12.04 Saturday
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       第局堯.◆璽悒鵝Ε船Д奪・ポイント

      アーヘン国境警備警察朝礼 2008年2月

      トガーシュ 私は、内閣官房直属の国家安全保安機構、ドイツ国家警察庁から派遣された警視のトガーシュです。さてこのたび、ビスマルク三世総理が、1848年の「共産党宣言」を書いたマルクスの思想を弾圧したため、子孫のマルクス三世一味が国際貿易商と偽り隣国ベルギー国へ亡命しようとしているとの噂がビスマルク総理の耳に入った。
      そこで、ドイツ国境の出入口にチェック・ポイントを立て、商人を詮議せよとの厳命が下り、この私が、もっとも疑わしいこの国境アーヘンに派遣された。そのように考えていただきたい。
      警官 〃抻襦仰せのように、この間も職務質問で怪しい貿易商を捕え、拘留しております。
      警官◆…銘も届き心得ております。警視の後に従い、貿易商と見るならば、ひっ捕らえてみせます。
      警官 貿易商が来たならば、即座に拘留するよう、
      三人  警備、いたします(敬礼)。
      トガーシュ ウム、よく言った。もし、貿易商が来たら、公正な手続きで逮捕し、内閣官房が安心するようにしたい。みな、この重大任務を全うしようじゃないか。
      三人  承知いたしました。

      (エンゲルス、マルクスら国際貿易商として、工員の格好(?)、工具(?)、パソコンをもって現れる)

      マルクス なあ、エンゲルス君、行く先々にチェック・ポイントがあって、これではなかなか自由の街、ベルギーのブリュッセルには行き着かねーな。アーヘン、マーストリヒト、ブリュッセルか(ため息)。エンゲルス君の策略にしたがって国際貿易商に変装してはいるものの、すぐ発覚すると思うが。この格好ではね。どう?
      ヴォルフ 俺も、そう思うね。もっている工具やパソコンはなんのためなんだよ。
      (   )一気にチェック・ポイントを突破するのが俺の流儀なんだが。
      (   )これまでの革命への苦労は、今日こそ、
      (   )このポイントを突破することだ!
      エンゲルス ちょい待ち。何度も言っているじゃないか、今回の弾圧は歴史に逆行する大変な事態なんだ。わかってるだろ。このポイントを突破しても、さらなるポイントがある。ここを暴力的に突破しても、そう簡単にはベルギーには行けないぜ。だから策を練って変装してるんじゃないか。「キャッチ・ミー・イフ・ユー・キャン」のブラピよろしく、パスポートやビザまで偽造している。
        逮捕命令が出ている共産主義者同盟議長の同志マルクス君は、特徴のひげまで剃り、部下のように、われわれより後に引きさがっていれば、誰にもわからないと思うが。ひげのないマルクスなんて絵にならないぜ。だから、分かりっこないよ。その方が早く亡命できるはずだし。
       マルクス ともかく、エンゲルス「将軍」。信じるよっ。みんなも従ったら?仲間なんだからよぉ。
      4人   そうだな。
      エンゲルス 分かったら、チェック・ポイントへゴーだ。
      4人    よし、行くぜ。
       
      ○チェック・ポイント
       (車を乗り付けて)
      エンゲルス  さて、通ります。チェックしてください。
      警官  淵僖好檗璽箸鮓る)なに、貿易でマーストリヒト経由でベルギーに?(と言って上司トガーシュに報告)
      トガーシュ (奥から出てきて、にやりと笑い)貿易商だと?
      エンゲルス はい、ベルギーに貿易のため。毎年、各国にも行っております。乗員全員のパスポートをご確認ください。
      トガーシュ (パスポートを眺めて)お仕事、御苦労さま。国際社会で貿易は重要だが、このアーヘンでは貿易商に限り、通過させないよう通達が来ています。
      エンゲルス へー。知らないですね。公報に出てましたかね。この自由貿易社会で何の理由があって?ココム規制でも?時代遅れだな、北朝鮮からの密輸でもあるまいし。
      トガーシュ そう思うのも当然ですが、政権が代わってビスマルク政府が急にマルクス主義思想を取り締まるようになり、その孫の首謀者マルクス三世一味が機をうかがって、国際貿易商と偽り隣国ベルギー国を頼って、亡命しようとしているとの噂。これがビスマルク総理の耳に入ったのです。そこで、チェック・ポイントの警備を強化して、大きな国境の街、アーヘンについては私が中央から派遣されているのです。疑って申し訳ないが、お許しください。
      警官  別祇連絡で)警視、国際貿易商を公正な手続きで拘留せよとのことです。
      警官◆,茲みれば、大勢の仲間じゃないか。え。
      警官 が、通達的には、一人も通すことはできません。
      三人  通せないんだ。
      エンゲルス 通達を盾にしますか!! 仕方ない法治国家だ。わかりました。でも、それは偽物を拘留せよという通達であって、本物を逮捕せよということではないですね。念のため。
      警官 ,い筺∈鯑も貿易商を拘留している、
      警官◆,燭箸─∨槓の貿易商だとしても容赦しないというお達しだ。
      警官 共産主義者は無理に通れば命が、
      三人  危ないと思え。
      エンゲルス ところで、その拘留している貿易商はマルクス三世本人なのか?
      トガーシュ さてね、どうだろう(とニヤリと笑う)。問答無用、一人も通さない。
      三人    そのとおり。
      エンゲルス 官僚のあなたがたなら、それも当然か、がっかりだ。期待した政権交代が成功しても、われわれが疑われること自体、われわれインターナショナルな貿易商の信用不足。ならば最後の勤めをしたうえで、お裁きを受けようじゃないか。さあ、みんな、行こう。
      四人    わかりました。
      エンゲルス よろしいか。さあ、これで最後のつとめ。出発、出発。

      (トガーシュ、やや思い入れあって)

      トガーシュ 粘りある覚悟だね。先ほど聞いたように、国際貿易らしいが、パスポートはともあれ、よもや、貿易契約書一式がないことはないでしょうな。ぜひ、拝見させていただきたいものですな。読んでいただいても?
      エンゲルス なんと、契約書を読めとおっしゃるのか?
      トガーシュ いかにも。商談なら当然もっているはず。
       (エンゲルス、やや思い入れあって)
      エンゲルス そ、そうですが、それは法人の秘密情報です。が、国家権力をかさに、読めとおっしゃるなら疑いを晴らすため、読みましょう。業務上知りえた秘密を口外しないとお約束できますか。(トガーシュ、うなずく)
      では、(さっと契約書を取り出す)
       売買基本契約書
      (と、トガーシュ、契約書を覗く。エンゲルス見せじと正面を向き、キッと思い入れ)
       株式会社 バルメン・エンゲルス・アソシエーション(以下、「甲」という。)と、株式会社 ブリュッセル・デジタル通信工業(以下、「乙」という。)とは、甲と乙の間における継続的商品取引について、次の通り、基本契約を締結する。
      第1条 甲は乙に対して、別紙商品目録記載の甲の取扱い商品(以下、「商品」という。)を、継続的に売渡し、乙は、これを継続的に買受ける。
      第2条 商品の再販売先、再販価格、数量等の再販条件については、甲乙協議の上別途これを定める。
      2 乙は、前項に基き定められた再販条件を誠実に遵守するものとする。
      第3条 個々の取引きにおける商品名、種類、数量、価格、受渡および代金支払条件等については、本契約に基づき別途定めるものとする。
      第4条 乙は甲に対して、乙の再販数量、在庫数量等につき、甲指定の書式に従って毎月報告するものとする。
      第5条 乙は甲に対して、本契約に基づく乙の販売活動に影響を及ぼすおそれのある事由が生じたときは、あらかじめ、書面をもって甲に通知するものとし、乙の事業に変更を加える場合には、更に甲からの事前承諾を受けるものとする。
      第6条 この契約に基いて生ずる甲に対する乙の債務を担保するために、乙は甲の指定する物件に対して根抵当権を設定する。
      第7条 本契約の有効期間は、平成22年4月1日から平成24年3月31日までの満2か年とする。
      2 期間満了の3か月前までに、甲乙の双方から、何ら申出のないときは、本契約は期間満了の翌日から自動的に満2か年間延長されるものとし、以後も同様とする。
      第8条 甲及び乙は、3か月前の書面による予告を相手方になすことにより、本契約を解除することができる。
      第9条 乙が本契約の条項の一に違反したときは、甲は乙に対して何ら事前の催告なく、本契約を直ちに解除できるものとする。
      第10条 乙において次の各号の一に係る事由が生じたときは、甲は乙に対して何ら事前の通知なく、本契約を直ちに解除できるものとする。
      (1)乙が甲に対して代金の支払を滞納し、または甲の業務上の指示に従わなかったとき
      (2)その他本契約に基づく甲と乙との信頼関係が損われたとき
      第11条 天災地変等の事由により、甲から乙への商品引渡しに支障が生じた場合には、甲は乙に対して何ら損害賠償の責に任ずることはない。
      第12条 乙は甲から要請があったときは、甲の認める連帯保証人を立て、かかる連帯保証人に、甲に対する乙の債務を乙と連帯して保証させるものとする。
      第13条 本契約に定めのない事項が生じたとき、又はこの契約条件の各条項の解釈につき疑義が生じたときは、甲乙誠意をもって協議の上解決するものとする。
       以上、本契約成立の証として、本書を二通作成し、甲乙は署名押印のうえ、それぞれ1通を保管する。
         平成22年2月  日
      (甲)  住所  ○○州○○市○○
          株式会社 バルメン・エンゲルス・アソシエーション 代表取締役  ゲオルグ・エンゲルス
      (乙)  住所  ○○州○○市○○
          株式会社 ブリュッセル・デジタル通信工業 代表取締役 フランソワ・ヘップバーン

      (天に響けと読み上げ、契約書を納めて不動の見得をなす)

      トガーシュ こうやって国際契約を読み聞かされると、疑うことはできないな。ところで、ついでに聞くが、この資本主義の世の中でビジネスマンは様々。中でも貿易商は各国の法律の違いを乗り越えて、国を行き来する。何か共通の国際商売哲学はあるのか?
      エンゲルス よくぞ聞いていただきました。もともとわが社は、技術をもとに設立された会社。やがて国際貿易部門のみ切り離してアウトソーシングされています。が、その会社運営の趣旨は、本社の趣旨と変わらない。まず、その本社の設立の趣旨とは。
       まじめな技術者の技能を、最高度に発揮させるため、自由豁達で愉快な理想の工場ユートピアの建設、
       新自由主義に荒らされた日本を再建、文化向上に対する技術面、生産面からのアプローチ
       諸大学、研究所等の研究成果の内最も国民生活に応用、価値を有する優秀なるものの迅速な製品、商品化
       デジタル通信機類の日常生活ヘの浸透化並びに家庭オール電化の促進
       転換期にふさわしいデジタル機器、環境の時代に対応した省エネ製品の製作
       「理科離れ」に対する教育・普及活動
      そして、経営方針は、
       不当な儲け主義を廃し、あくまで内容の充実、実質的な活動に重点を置き、虚業を排して徒らに大規模化を追わず、
       会社の余剰利益は適切な方法をもって全従業員に配分、又、生活安定の道も実質的面より充分考慮して援助し、会社の仕事即ち自己の仕事の観念を徹底する。
        これです。

      トガーシュ それは立派な。それにしても、その工員の格好はいったい何なんだ! ヘルメットにヘッドライト、工具箱とは、どう説明するんだ!
      エンゲルス こ、これは(と、ヒア汗をぬぐう)。すなわち、ヘルメットは工員・技術者の象徴に等しく、腰には道具入れ、手には軍手でほこりっぽい配電盤を管理し、高山絶所の変圧器を見てまわるためだ。
      トガーシュ  貿易ビジネスマンなら「洋服の青山」スーツと決まっているんじゃないか。工員の服装に五体を固める理由をどう説明するのか。
      エンゲルス  し、失礼な! 工員の格好はわが社のユニフォーム。会長、社長をはじめとして、冠婚葬祭にも着て行くのだ(トガーシュ、「えっ」と目をむく)。わが社の汗と涙の結晶を馬鹿にするな。バブルの時も株に重きをおかず、派遣を切らずリーマンショック後を堪えているのは全従業員を大切にする社風なのだ。それが社会全体の大勢にならないのは政府の責任だ。「わが亡きあとに洪水よきたれ」、これに堪えている証拠がこのように汚れた格好なのだ。
      トガーシュ  ほう。では、そのような技術者の行動哲学とは。
      エンゲルス  田んぼの案山子に似ているといえども(と、社員全員案山子の格好をする)、たんにやつしているというわけではない。働くルールを破るものは、たとえ大企業とはいえども、それに立脚する政府や無理難題構造改革を要望してくるアメリカ政府でさえも、ただちに拒否するという意気込みの表れだ。
      トガーシュ  そういう目をさえぎる形あるものにたいして抵抗はできようが、もし、形の見えないルールのない資本主義哲学、投機マネーにどう対抗しようというのか。
      エンゲルス  形の見えない投機マネーは、国際政府で規制するから、なんの難しさがありましょうか。あとは世界の指導者の決断にかかっているのみ。
      トガーシュ  それにしても、その工員の格好とは嘆かわしい。
      エンゲルス  つまり、会社理念の象徴です。
      トガーシュ  ヘルメットにヘッドライトはどう説明する?
      エンゲルス  これこそ、ほこりにまみれた「誇り」なのだ。光をもってこれを戴く。
      トガーシュ  腰につけた道具入れは?
      エンゲルス  技術を基礎に生産する労働力の表現。
      トガーシュ  足にはいてる黒い靴は、いかに?
      エンゲルス  「安全靴」といい、指先を鉄板で保護している。労働安全法を順守するコンプライアンス。
      トガーシュ  さてまた、設立趣旨の「工場ユートピア」とは。
      エンゲルス  私のバルメン・エンゲルス商会、他国にも支社がある。ロバート・オーエンの工場思想を模したものだ。
      トガーシュ  その主張は?
      エンゲルス  その源泉はヘンリー8世に処刑されたサー・トマス・モアにある。かのシェイクスピアも戯曲にしたイギリスの大法官だ。搾取することなく、剰余価値は労働者に再配分する。
      トガーシュ  そもそも、「社会主義」の4文字は、いかなる意味とお考えか?(と、カマをかける)ことのついでに聞いておきたい。
      エンゲルス  社会発展のことで、未来の社会のあり方だ。地球環境を破壊し、投機マネーで経済を破壊し、恐慌が止められない資本主義がいつまでも、この形のまま存続するわけがない。COP15の不団結をみてもおわかりのことと思う。旧ソ連や中国は、実体として「社会主義」ではない。ことにソ連は十月革命でなしとげたのは「社会主義革命」ではなかったのだ。日ソ独伊四国同盟を組んで世界を分割しようとしたソ連が「社会主義」であるはずはない。マルクスは「マルクス主義」ではなく、レーニンはマルクスを読み間違えていたのだ。中国も、「社会主義」をめざしてはいるが、憲法で国家が「領導」して社会主義社会を実現しようというのは、本末転倒。「社会主義」は、民主主義の徹底による資本主義の発展解消その上にある現実社会です。社会主義社会になれば、自治も飛躍的に発展するため国家は死滅する。なにより、搾取と抑圧が無くなります。「共産主義」と「社会主義」は同じ意味です。わが社はバルメン・エンゲルス・アソシエーション、つまり「アソシエイション」は社会主義会社の先駆け、今はやりの「エコな会社」から働く人を大切にする「アソな会社」になっているんですよ。
      (トガーシュ、ほーと感心する)
      トガーシュ  ははは。これはこれは、初めて聞いた。こんな未来社会を展望した社会観、歴史観をもった貿易商とは驚きだ。敬服いたします。少しの時間でも疑ったのは眼あって無きが如くの私の不徳。何を逮捕しようとしていたのか、悔やまれます。この一行にはビスマルク総理が懸念する「マルクス三世」はいない。今からむしろ応援し、カンパしたいぐらいだ。君たち、カンパ代を経費から落としてくれ(と、警官に命ずる)。

             (カンパ箱が並ぶ)
      トガーシュ  近頃は、企業からの献金がますます先細り、時の政府を支える党も下火になっているのだ。むしろ、あなたがたのような企業が栄えれば、私も潤うというもの。ひとえにお受け取り願いたい。情けは人のためならず。
      エンゲルス  それは願ってもない有難いことです。会社経費削減のおり旅費の助けになろうというもの。ただ、警察から、しかも経費でカンパを戴こうなんて考えられない。かつて、いや、今も、警察は労働者としての団結権から排除された、まさに弾圧機構として存在しています。重ねて、申し上げますが、我々は諸国をめぐり商談をまとめる会社員、春には帰国するので、それまではかさばるほどのカンパ・品物はお預けしとうございます。
             ささ、みんな、このポイントを通ろうではないか。
      四人     行こう、行こう。
      エンゲルス  急げ、急いで。
      (警官、トガーシュに何か囁く)
      トガーシュ  (血相を変えて)止まれ。貿易商。
      エンゲルス  慌てて事をし損ずるな。(と、部下をせきたてながら花道に行きかかる。変装したマルクス、おずおずと遅れて従う)
      トガーシュ  止まれ、止まれというんだ。
      エンゲルス  なぜ、止まれと?(トガーシュに向き直る)
      トガーシュ  そこの、あなた部下の営業マンが、チト、似ているということなので、止めたのだ。
      エンゲルス  人が人に似ているとは珍しからぬこと。さて、誰に、似ているのか?
      トガーシュ  いえね。共産主義者同盟議長マルクス三世に似ているというウチの警官がいましてねぇ。
      エンゲルス  なに、マルクスに似ている会社員がいると!ああ、腹立つな。こんな厳冬に国境を越えて商談に向かうところ、わずかの工具をもって後にさがっておずおずと不安げに従うから、人に怪しまれるのだ。お前(マルクス)は、業の深い奴だ。会社への忠誠心の不足から来るのではないか。何考えてんだ、この奴隷やろう。正々堂々とせい!
      (と、さんざん、ピヨピヨトンカチでたたく)
             早く、通りやがれ(足蹴にする)。
      トガーシュ  しかし、理由がなんであろうとも、通過させること、
      警官3人   まかりならぬ(断言する)。
      エンゲルス  言っておくが、取り調べで工具箱に手をかけるとなると、あなたたちこそ盗人になりますよ。
      (と、双方、喧嘩になりかかるが、エンゲルスが止めに入り)
             まだ、この上に嫌疑がかかれば、工具箱もろとも国境警備に預けます。取り調べてくれ。ただ、返り血を注意したほうがよいが(と、脅す)。
      トガーシュ  これはこれは、失礼しました(と、ビビる)。先輩、お許しを。
      エンゲルス  ではなぜ、今、疑ったのか(と、凄む)。
      トガーシュ  部下が私に囁いたからだ。
      エンゲルス  では、逮捕したらどうなんだ。
      トガーシュ  早まり給うな、フリードリッヒ・エンゲルス三世さん。下級警官のひがみから、マルクスでもない部下を疑われて、このように殴ってしまったのですから。今は、疑いが晴れました。さあさあ、お通りください。
      エンゲルス  トガーシュ警視のお許しがなければ、忠誠心のないお前なんか捨ててしまうものを、よくも大赦の幸運を得たものだ。以後は、慎めよ(とマルクスに目配せする)。
      トガーシュ  それでは、私は、なお他に国境警備の任があるので、ここいらでお暇します。みな、来い。
      三人     はい。
      (トガーシュら上手へ、エンゲルスら下手へ)
      マルクス   さて、(と、安堵の様子)先ほどの機転、みごとだったな。さすが、「将軍」といわれる知恵だ。当代思潮の「社会主義」云々の是非の論争はせず、ただ、社員の忠誠のせいにして愛の鞭をふるう。初期資本主義のような微妙な点をトガーシュと共感して、私を助けてくれた。マグダラのマリアのように私を生き延びさせてくれた。かたじけない。
      (    ) ヒェー、警備隊に呼び止められたときは、肝を冷やしたぜ。
      (    ) オーマイガッ、ってところだっちゃ。
      (    ) まさに、「将軍」の知恵がなければ、通り抜けられなかったぜ。
      (    ) ああいう芝居は、俺たちにゃ、できないってーことよ。なあ、モール。
      四人     驚き入って候。
      エンゲルス  「世も末」とはいうものの、捨てたもんじゃない。今年生まれた子どもたちの何万人かは22世紀を見て死ぬ時代なんだ。とはいえ、計略とは言いながら、同志マルクスを殴り部下にしてしまうとは、無神論者に天罰がくだるよ。マッチョをもって任ずるボクでさえ、腕がしびれるほどの感覚だった。申し訳ない、申し訳ない。
      (泣いたことのないエンゲルスも号泣する)
      マルクス   思い起こせば、資本主義時代に生まれた私は、弁護士の家で育ち、社会変革に命を捧げ、資本の非人間性に怒り、アメリカ政府の横暴とたたってきたのです。なのに、新政府の眼鏡にかなわぬ主張ゆえ、命を捧げたその社会にまで誤解され、さらに排斥され、このように亡命の途上にある。
      エンゲルス  臥薪嘗胆。ぼろを着て、あるときは車の荷台、あるときは風の吹き込む支所に寝起きして、世界をめぐる情勢に喜怒哀楽、取引と株価に目を凝らした日々。ソ連崩壊にもろ手を挙げて市場拡大の行方を見つつ、巨悪の解体に喜んだも束の間、「社会主義」偏見に打ちひしがれた毎日。精神性ばかり強調する社会。レーニンの間違いと原点に戻ることが大切と、自分を責めてばかりいた。萎れかかりしオニアザミ、霜に露置くばかりなり。

      (と、感傷に浸っているところに、警官、下手よりワインとグラスをもって寄ってくる。)

      トガーシュ よう、貿易商どの。ちょっと一杯いかがかな。上等なモア・エ・シャンドンがありました。見聞深い国際情勢でも聞かせていただきたいものだ。疑ったりして面目なく思い、一献勧めようと考えてのことだ。警察とはそういうものと諦めてくだされ。
      エンゲルス おおっ。この寒い中、感謝、頂戴いたします(後ろ向きにぺロッと舌をだす)。警察だから雪見酒ってやつですか、はっはっはっ。(笑う)。
      (しばらく、杯を酌み交わし、トリビアで談笑する)
      エンゲルス お酌いたしましょうか、トガーシュ先輩。
      トガーシュ おお、ようこそ先輩。国境アーヘンに。それはそうと、チェック・ポイント通過の記念に本場のジャマイカでならったというサルサを一差し舞ってくださいませんか。
      エンゲルス では、永遠のサルサを舞いましょう。変化こそ永遠とね。
      (エンゲルス、飛び六方で苦しさを表現しつつ、ポイントを通過していく)

      小説ブログ|-|-|-|-|by ネコスキイ

      まるくす勧進帳  1

      2010.12.04 Saturday
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        評価:
        ---
        角川エンタテインメント
        ¥ 2,829
        (2007-09-28)

         第吃堯 屬箸覆蠶」戦争論
         
        エンゲルスは、ウインドーズ10のスタートボタンをクリックした。
         「これが独占資本の態様か?」
         エンゲルスといっても、広島サンフレッチェの監督とはちがう。それは、カール・マルクスが、浦和レッズの田中・マルクス・闘莉王と違うのと同じだ。
         彼は、フリードリッヒ・エンゲルス三世。ドイツ、ヴッパタール村生まれ。バルメン・エンゲルス・アソシエーション会社の御曹司。ドイツ、フランス、オランダ、ベルギー、イギリス、日本に支社があり、数ヶ国語を話せる彼は国際渉外部の一員になっている。
         が、映画「ある愛の歌」にも出てくるサン・シモン思想、理想的な工場経営者ロバート・オーエンの思想に憧れ結社を作ったがために政府に睨まれ、半世紀ぶりに本格的に政権交代をはたした日本に亡命生活を余儀なくされていたのだ。
         彼が参加した組織は、ソ連とは違う新しい社会主義を目指す組織だった。抑えられない投機マネーをどう規制するかを提案、行動し民主主義を徹底する組織だ。
         彼の眼は、世界最大検索サイトのグーグルに移る。「地図」をクリック。ドイツの都市アーヘンの地図は一発検索できる。地名を表示させながら航空写真を拡大していく。アーヘン大聖堂の尖塔の影が、広場に投影している。3Dなら地平も望める。
        「撮影季節が分からないが、角度からすると午後2時ころの写真だろうか。」
         エンゲルスは、映像を見ながらつぶやいた。エンゲルスの六本木ヒルズのオフィスからは東京タワーが下に見える。アーヘンの尖塔をネットで見るということに、何の不思議も感じなくなっていた。
         アーヘン市街は、見るからに学校で習ったヨーロッパ城郭都市の典型だ。外周に環状道路が二重にある。これが城郭史跡の一部を構成しているはずだ。その周りにこれまた典型的に田園が広がっている・・・が、この航空写真では、それ以上わからない。
         なぜ、ドイツの地方都市、アーヘンなのか?
         日本人の国際政治学者・四崎亜紀氏によると、ドイツでも、「となり町戦争」が起こっているというからだ。その典型がドイツからオランダに至る国境の街アーヘンにあるというのがその学者の説だということを、エンゲルス三世は最新の外交専門誌『フォーリン・アフェアーズ』で確認したからだ。
         「となり町戦争」論。最近、物議をかもした新「戦争論」だ。孫子、クラウゼビッツ、石原莞爾、小林よしのりなどの戦争論は国家vs国家、ブッシュ戦争論はその変形。国連は対国家の戦争論より対テロリストの戦争論に傾向している。
         それに対して、自治体間冷戦論を展開した四崎氏の理論は日々確証されつつある。原爆を落とすわけでも、機関銃で撃ち合うわけでもない。なんでもない隣どうしの町が、いきなり静かな戦争をしだす仕組みと可能性を暴いたのだ。分かるのは町の広報に載る「戦死者数」だけ。
         四崎氏は最初、日本の熊本県の地方都市での現象でケースワークを行い、仕組みと法則を明らかにした。それにとどまらず、特殊から一般に拡大しようとして、世界の先進国の都市をつぶさに研究した結果、それと似た現象がドイツのアーヘンにもあるという。
         エンゲルスは、ここに注目した。
         「それもそのはず」と、数年前の鮮烈な経験を思い出していた。
         ノルトライン=ヴェストファーレン州はドイツにある。その国境の街アーヘンは、ドイツのケルンからオランダのマーストリヒトへの中継地点でもある。ここは、神聖ローマ皇帝が大聖堂で戴冠式を行い、現在、ユネスコの世界遺産に登録されている。
         カール・マルクスの妻、イェニー・フォン・ヴェストファーレンの祖先は代々ここの領主であった。よもや、この国境が後に彼の子孫の事件の現場になるとは思いも寄らなかったにちがいない。
         エンゲルス三世は、故郷のヴッパタールに思いを寄せつつ、東京・恵比寿の書店で平積みになっている唯物史観による歴史、山林正夫の畢生の大著『世界史再入門』で、世界史の大きな流れを確認してみた。
         恵比寿は、六本木からの日比谷線とJR山手線が交差している地点。エンゲルスの住む鎌倉まで湘南新宿ラインで一本である。鎌倉は、かつて、亡命したインド独立戦争指導者をかくまった革命的伝統のある土地がらなので、今もその精神は生きていた。エンゲルス三世が首都圏で唯一身を寄せることのできた包容力のある都市だった。
         エンゲルスの支社の六本木、棲み家の鎌倉。この二点を結ぶのが恵比寿であり、この地点の書店に、日本にはなかなかない簡単にかつ深く「世界史」を学べる書籍が平積みにされていたことは驚きでもあった。
         エンゲルスは、皇国史観の色濃い日本の教科書は「日本史」と「世界史」が別々になっていることに、カルチャーショックを受けながら、全世界を統一的に見ることができるハンディな本を探していた。  
         それは、自らの立ち位置を世界的な観点から確認しないと、生きていけなかったからでもある。
         山林正夫の『世界史再入門』は、ビッグバンの宇宙生成から、生物誕生、人間の誕生、歴史自体を太い筋書きで、力強く語っていた。そして、最近の事態も、それらの延長線上として安定的に理解できるような法則をもっていた。
         ――――2009年、「チェンジ」が流行の世界史の現在、ドイツでも保守党から革新党への政権交代が実現した。リーマン・ショック後、とくに、これは世界を席巻した。
         ドイツでは、数年前から劇団リニア・プロントがカール・マルクスの大著『資本論』を戯曲化して好評を博していた。それは、今のカジノ資本主義が本当にこれでいいのかという大衆の雰囲気と一致したからだと言われている。
         イギリスでは、何年も前から大衆受けする「マニフェスト」選挙がおこなわれ労働党のブレア政権が誕生したが、ブッシュ大統領のイラク戦争に賛成して一気に支持を失った。「マニフェスト」はもともと、労働党内では、マルクスの『共産党宣言』のことを慣用的に使っていたものだ。
         アメリカでは、2009年、史上初の黒人大統領が誕生し、歴史の大きな転換とたたかいの重要性を世界は感じた。北朝鮮に対抗して「核兵器廃絶」廃絶を唱えノーベル平和賞に輝いたのに、アフガニスタンへの泥沼戦争をやめられないでいる矛盾した戦争論に、多くはアンビバレンスを感じている。このアメリカに逆らい続けたベネズエラのチャベス大統領は、新しい社会主義をかかげて南米の左翼政権を励ましている。――――
         

         「世界の流れは確かに戦争しない方向に傾いている」
         それは、国際貿易商のエンゲルス三世もひしひし感じた。
         何といっても、世界経済に最大の害悪を及ぼしている投機マネーにどういう態度をとるかが、今後の世界政治の方向だということと、このながれは一致していた。
         にもかかわらず、政権交代を果たしたドイツのビスマルク三世政府は、こともあろうに政府に異を唱える組織の弾圧に乗り出したのだ。ビスマルクの党は、2008年9月のリーマン・ショック後に国民の不満を受けて政権交代を実現。これは実力というよりも保守党に反対する他の政党の底力や無党派層の力を借りていたからできたことだ。そういう勢力を無秩序うに糾合し、結果的に利用したというのが本当のところだ。
         エンゲルス三世は、企業人としてこの政権交代のため、まさに生命と財産をなげうってまで協力してきた。にもかかわらず、なんと政府は彼を弾圧しにかかってきたのだ。
         山林氏によると――――、宗教改革をはたしたマルチン・ルターは、新興の市民に加え、農民の支持をもうけたが、時が過ぎ農民の要求がさらに先鋭化すると、新興市民との分断を図り、農民への弾圧を許した。
         フランスの二月革命に成功し、民衆の多くの支持をうけ王政を共和制に戻したナポレオン三世は、新興市民の要求を受けクーデタに成功、帝政に戻し独裁政権を樹立。新興市民への政治を行い、民衆の要求は顧みられなかった。それで、民衆は怒り20年の歳月を費やし普仏戦争の混乱もあって、パリを中心とした都市に民衆と労働者の政権、コンミューンを樹立した。――――
         経済学の「チャイナ・バタフライ」よろしく、日本でも、同じ変化が進行していた。小鳩(コバト)政権は、政権交代を果たすやいなや、大沢幹事長を中心に大銀行とアメリカ中心の政治にさらに改変するために、国民の顔色を見ながら、自らの政治献金問題でのすね傷が発覚する前に、国民に声が出せないようにしようとしたのだ。
         ドイツでの政権交代とその後の変質で、エンゲルス三世は、日本支社に駐在していたときに起こった母国の変化で、いきなり帰国不能になってしまった。
         ところが、また、日本でも同様の変化が起こって、共産主義者同盟にかかわりのある者は、外国人であろうが、日本人であろうが、逮捕・拘留または軟禁という憂き目にあうという法律体系になってしまった。かつて、ユーゴスラヴィアの歌手ヤドランカ・ストヤコヴィチが、戦争のため日本に滞在せざるを得ないことになってしまったように、だ。
         特に、日本の新政権は、世界でも前代未聞の借金で首が回らず、デフレ圧力に加え、日本国債の利払いと償還が全面的に不能になるデフォルトに陥る寸前になっているため、国際的大資本の集まりが、大沢幹事長を操って、批判勢力に弾圧を加え国民世論を誘導しようとしたのだ。
         彼らのやり口としては、机をドンと叩いて怒鳴るというのが国際エリートの交渉術だ。ただ単に、政治資金規正法の網にかかることを恐れての強権措置ではなく、体制的な危機を感じたから、そういう行動に出ざるをえなかったのだ。
         その最大の口実として、「となり町戦争」論が使われた。熱い戦争から、冷たい戦争。そして、見えない戦争という「戦争」が各地で静かに進行しているのだから、膨大な戦時予算が必要であり、この「軍需」が国内需要をたかめ、外需依存で失敗したリーマン・ショック後の経済を立て直せるとの立論なのだ。
         2008年末の教訓を生かして、2009年12月年末にも、公設「派遣村」が代々木のオリンピックセンターに作られた。また、住居、生活保護、就職あっせんなど総合的な相談が可能なワン・ストップ・サービス窓口が各地のハロー・ワークに設けられた。
         これらは、おそらくコバト政権の成果であるが、一方で、この「内需」論は国民には知らされず、本質的な無駄である軍事費、アメリカや大企業への恣意的な予算を削れと一言でもいうようなら、緊急逮捕というような治安維持特別措置法まで作ってしまったのである。普通選挙法と治安維持法が同時に施行された日本の戦前と形はよく似ていた。
         

         山林氏の著書と最近の事態を合わせて考えると、
         「何かがうごめいている」
         と、亡命中のエンゲルスは悟った。
         「となり町戦争」論がドイツでも適用されていないか、分析しようとしたのだ。
         アーヘンは、その典型でもあったのだ。
         グーグル地図を閉じて、エンゲルスは眼も閉じた。
         走馬灯のように、政権交代後のドイツでの一瞬の出来事を思い出した。フラッシュ・バックと言ってもよい。緩慢にでも命に危険を感じた時、現れる精神状況だった。
         アーヘンは、昔から温泉保養地の街として知られていた。日本にも温泉保養地があるのと同様である。2007年6月には、サッカー元ドイツ代表で元浦和レッズ監督のギド・ブッフバルトが、FCアレマニア・アーヘン監督に就任したことがある。日本との関係でいえばこんなところである。
         ところが、エンゲルスは自分の会社の日本支社に来るまでに、アーヘンを“訪れた”ことがあった。
         エンゲルスは数年前に自分の身に起こったこのアーヘンで起こった事件の顛末を回想した。

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