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まるくす勧進帳  1

2010.12.04 Saturday
0
    評価:
    ---
    角川エンタテインメント
    ¥ 2,829
    (2007-09-28)

     第吃堯 屬箸覆蠶」戦争論
     
    エンゲルスは、ウインドーズ10のスタートボタンをクリックした。
     「これが独占資本の態様か?」
     エンゲルスといっても、広島サンフレッチェの監督とはちがう。それは、カール・マルクスが、浦和レッズの田中・マルクス・闘莉王と違うのと同じだ。
     彼は、フリードリッヒ・エンゲルス三世。ドイツ、ヴッパタール村生まれ。バルメン・エンゲルス・アソシエーション会社の御曹司。ドイツ、フランス、オランダ、ベルギー、イギリス、日本に支社があり、数ヶ国語を話せる彼は国際渉外部の一員になっている。
     が、映画「ある愛の歌」にも出てくるサン・シモン思想、理想的な工場経営者ロバート・オーエンの思想に憧れ結社を作ったがために政府に睨まれ、半世紀ぶりに本格的に政権交代をはたした日本に亡命生活を余儀なくされていたのだ。
     彼が参加した組織は、ソ連とは違う新しい社会主義を目指す組織だった。抑えられない投機マネーをどう規制するかを提案、行動し民主主義を徹底する組織だ。
     彼の眼は、世界最大検索サイトのグーグルに移る。「地図」をクリック。ドイツの都市アーヘンの地図は一発検索できる。地名を表示させながら航空写真を拡大していく。アーヘン大聖堂の尖塔の影が、広場に投影している。3Dなら地平も望める。
    「撮影季節が分からないが、角度からすると午後2時ころの写真だろうか。」
     エンゲルスは、映像を見ながらつぶやいた。エンゲルスの六本木ヒルズのオフィスからは東京タワーが下に見える。アーヘンの尖塔をネットで見るということに、何の不思議も感じなくなっていた。
     アーヘン市街は、見るからに学校で習ったヨーロッパ城郭都市の典型だ。外周に環状道路が二重にある。これが城郭史跡の一部を構成しているはずだ。その周りにこれまた典型的に田園が広がっている・・・が、この航空写真では、それ以上わからない。
     なぜ、ドイツの地方都市、アーヘンなのか?
     日本人の国際政治学者・四崎亜紀氏によると、ドイツでも、「となり町戦争」が起こっているというからだ。その典型がドイツからオランダに至る国境の街アーヘンにあるというのがその学者の説だということを、エンゲルス三世は最新の外交専門誌『フォーリン・アフェアーズ』で確認したからだ。
     「となり町戦争」論。最近、物議をかもした新「戦争論」だ。孫子、クラウゼビッツ、石原莞爾、小林よしのりなどの戦争論は国家vs国家、ブッシュ戦争論はその変形。国連は対国家の戦争論より対テロリストの戦争論に傾向している。
     それに対して、自治体間冷戦論を展開した四崎氏の理論は日々確証されつつある。原爆を落とすわけでも、機関銃で撃ち合うわけでもない。なんでもない隣どうしの町が、いきなり静かな戦争をしだす仕組みと可能性を暴いたのだ。分かるのは町の広報に載る「戦死者数」だけ。
     四崎氏は最初、日本の熊本県の地方都市での現象でケースワークを行い、仕組みと法則を明らかにした。それにとどまらず、特殊から一般に拡大しようとして、世界の先進国の都市をつぶさに研究した結果、それと似た現象がドイツのアーヘンにもあるという。
     エンゲルスは、ここに注目した。
     「それもそのはず」と、数年前の鮮烈な経験を思い出していた。
     ノルトライン=ヴェストファーレン州はドイツにある。その国境の街アーヘンは、ドイツのケルンからオランダのマーストリヒトへの中継地点でもある。ここは、神聖ローマ皇帝が大聖堂で戴冠式を行い、現在、ユネスコの世界遺産に登録されている。
     カール・マルクスの妻、イェニー・フォン・ヴェストファーレンの祖先は代々ここの領主であった。よもや、この国境が後に彼の子孫の事件の現場になるとは思いも寄らなかったにちがいない。
     エンゲルス三世は、故郷のヴッパタールに思いを寄せつつ、東京・恵比寿の書店で平積みになっている唯物史観による歴史、山林正夫の畢生の大著『世界史再入門』で、世界史の大きな流れを確認してみた。
     恵比寿は、六本木からの日比谷線とJR山手線が交差している地点。エンゲルスの住む鎌倉まで湘南新宿ラインで一本である。鎌倉は、かつて、亡命したインド独立戦争指導者をかくまった革命的伝統のある土地がらなので、今もその精神は生きていた。エンゲルス三世が首都圏で唯一身を寄せることのできた包容力のある都市だった。
     エンゲルスの支社の六本木、棲み家の鎌倉。この二点を結ぶのが恵比寿であり、この地点の書店に、日本にはなかなかない簡単にかつ深く「世界史」を学べる書籍が平積みにされていたことは驚きでもあった。
     エンゲルスは、皇国史観の色濃い日本の教科書は「日本史」と「世界史」が別々になっていることに、カルチャーショックを受けながら、全世界を統一的に見ることができるハンディな本を探していた。  
     それは、自らの立ち位置を世界的な観点から確認しないと、生きていけなかったからでもある。
     山林正夫の『世界史再入門』は、ビッグバンの宇宙生成から、生物誕生、人間の誕生、歴史自体を太い筋書きで、力強く語っていた。そして、最近の事態も、それらの延長線上として安定的に理解できるような法則をもっていた。
     ――――2009年、「チェンジ」が流行の世界史の現在、ドイツでも保守党から革新党への政権交代が実現した。リーマン・ショック後、とくに、これは世界を席巻した。
     ドイツでは、数年前から劇団リニア・プロントがカール・マルクスの大著『資本論』を戯曲化して好評を博していた。それは、今のカジノ資本主義が本当にこれでいいのかという大衆の雰囲気と一致したからだと言われている。
     イギリスでは、何年も前から大衆受けする「マニフェスト」選挙がおこなわれ労働党のブレア政権が誕生したが、ブッシュ大統領のイラク戦争に賛成して一気に支持を失った。「マニフェスト」はもともと、労働党内では、マルクスの『共産党宣言』のことを慣用的に使っていたものだ。
     アメリカでは、2009年、史上初の黒人大統領が誕生し、歴史の大きな転換とたたかいの重要性を世界は感じた。北朝鮮に対抗して「核兵器廃絶」廃絶を唱えノーベル平和賞に輝いたのに、アフガニスタンへの泥沼戦争をやめられないでいる矛盾した戦争論に、多くはアンビバレンスを感じている。このアメリカに逆らい続けたベネズエラのチャベス大統領は、新しい社会主義をかかげて南米の左翼政権を励ましている。――――
     

     「世界の流れは確かに戦争しない方向に傾いている」
     それは、国際貿易商のエンゲルス三世もひしひし感じた。
     何といっても、世界経済に最大の害悪を及ぼしている投機マネーにどういう態度をとるかが、今後の世界政治の方向だということと、このながれは一致していた。
     にもかかわらず、政権交代を果たしたドイツのビスマルク三世政府は、こともあろうに政府に異を唱える組織の弾圧に乗り出したのだ。ビスマルクの党は、2008年9月のリーマン・ショック後に国民の不満を受けて政権交代を実現。これは実力というよりも保守党に反対する他の政党の底力や無党派層の力を借りていたからできたことだ。そういう勢力を無秩序うに糾合し、結果的に利用したというのが本当のところだ。
     エンゲルス三世は、企業人としてこの政権交代のため、まさに生命と財産をなげうってまで協力してきた。にもかかわらず、なんと政府は彼を弾圧しにかかってきたのだ。
     山林氏によると――――、宗教改革をはたしたマルチン・ルターは、新興の市民に加え、農民の支持をもうけたが、時が過ぎ農民の要求がさらに先鋭化すると、新興市民との分断を図り、農民への弾圧を許した。
     フランスの二月革命に成功し、民衆の多くの支持をうけ王政を共和制に戻したナポレオン三世は、新興市民の要求を受けクーデタに成功、帝政に戻し独裁政権を樹立。新興市民への政治を行い、民衆の要求は顧みられなかった。それで、民衆は怒り20年の歳月を費やし普仏戦争の混乱もあって、パリを中心とした都市に民衆と労働者の政権、コンミューンを樹立した。――――
     経済学の「チャイナ・バタフライ」よろしく、日本でも、同じ変化が進行していた。小鳩(コバト)政権は、政権交代を果たすやいなや、大沢幹事長を中心に大銀行とアメリカ中心の政治にさらに改変するために、国民の顔色を見ながら、自らの政治献金問題でのすね傷が発覚する前に、国民に声が出せないようにしようとしたのだ。
     ドイツでの政権交代とその後の変質で、エンゲルス三世は、日本支社に駐在していたときに起こった母国の変化で、いきなり帰国不能になってしまった。
     ところが、また、日本でも同様の変化が起こって、共産主義者同盟にかかわりのある者は、外国人であろうが、日本人であろうが、逮捕・拘留または軟禁という憂き目にあうという法律体系になってしまった。かつて、ユーゴスラヴィアの歌手ヤドランカ・ストヤコヴィチが、戦争のため日本に滞在せざるを得ないことになってしまったように、だ。
     特に、日本の新政権は、世界でも前代未聞の借金で首が回らず、デフレ圧力に加え、日本国債の利払いと償還が全面的に不能になるデフォルトに陥る寸前になっているため、国際的大資本の集まりが、大沢幹事長を操って、批判勢力に弾圧を加え国民世論を誘導しようとしたのだ。
     彼らのやり口としては、机をドンと叩いて怒鳴るというのが国際エリートの交渉術だ。ただ単に、政治資金規正法の網にかかることを恐れての強権措置ではなく、体制的な危機を感じたから、そういう行動に出ざるをえなかったのだ。
     その最大の口実として、「となり町戦争」論が使われた。熱い戦争から、冷たい戦争。そして、見えない戦争という「戦争」が各地で静かに進行しているのだから、膨大な戦時予算が必要であり、この「軍需」が国内需要をたかめ、外需依存で失敗したリーマン・ショック後の経済を立て直せるとの立論なのだ。
     2008年末の教訓を生かして、2009年12月年末にも、公設「派遣村」が代々木のオリンピックセンターに作られた。また、住居、生活保護、就職あっせんなど総合的な相談が可能なワン・ストップ・サービス窓口が各地のハロー・ワークに設けられた。
     これらは、おそらくコバト政権の成果であるが、一方で、この「内需」論は国民には知らされず、本質的な無駄である軍事費、アメリカや大企業への恣意的な予算を削れと一言でもいうようなら、緊急逮捕というような治安維持特別措置法まで作ってしまったのである。普通選挙法と治安維持法が同時に施行された日本の戦前と形はよく似ていた。
     

     山林氏の著書と最近の事態を合わせて考えると、
     「何かがうごめいている」
     と、亡命中のエンゲルスは悟った。
     「となり町戦争」論がドイツでも適用されていないか、分析しようとしたのだ。
     アーヘンは、その典型でもあったのだ。
     グーグル地図を閉じて、エンゲルスは眼も閉じた。
     走馬灯のように、政権交代後のドイツでの一瞬の出来事を思い出した。フラッシュ・バックと言ってもよい。緩慢にでも命に危険を感じた時、現れる精神状況だった。
     アーヘンは、昔から温泉保養地の街として知られていた。日本にも温泉保養地があるのと同様である。2007年6月には、サッカー元ドイツ代表で元浦和レッズ監督のギド・ブッフバルトが、FCアレマニア・アーヘン監督に就任したことがある。日本との関係でいえばこんなところである。
     ところが、エンゲルスは自分の会社の日本支社に来るまでに、アーヘンを“訪れた”ことがあった。
     エンゲルスは数年前に自分の身に起こったこのアーヘンで起こった事件の顛末を回想した。

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