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国際法ノート 地球環境保護について

2011.10.12 Wednesday
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    評価:
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    中央法規出版
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    (1999-03)

    JUGEMテーマ:学問・学校

       一般に国際法の発展は水平的拡大と垂直的拡大の方向性をもつ。前者は、二国間から多国間、深海底から宇宙空間等への地理的空間的発展や国内法への内在化であり、後者は法源の成立形式における裁判規範性の拡大や国家から個人などへの法主体性の広がりである。
     このレポートをまとめるにあたり、1.国際法の発達の日本の環境政策への影響、2.転換点になった宣言、条約等の水平・垂直的発展、3.今後の地球環境に関する国際法の発達方向、という視点から叙述する。日本の環境政策という一見した特殊性の中に地球環境保護の国際法主体の発展過程・方向という普遍的具体的概念が現れているからである。 
     また、ボールデインクの言う「宇宙船地球号」の国際法法源の一つとして」us cogensまたはperemptory norms (強行規範)を具体的に定める発展方向も見えてくるからである。

    1.地球環境保護・保全の国際法に対する日本政府の認識は、99年「環境白書」に如実に現れている。序章では、わが国の環境行政も地球化時代に入ってきたことを明らかにした。 「まとめ」で「21世紀は20世紀の教訓を真摯に受け止め『環境立国』として地歩を固め、地球全体の持続的発展に向かって役割を果たしていく極めて重要な世紀」と評価した。「国際条約等に基づく取組」(「施策JP111より」では、地球環境保護の国際条約・議定書等の履行と国内体制整備やイニシアチブの発揮を主張している。この認識に到達した原因は言うまでもなく環境破壊の現実と国際法の発達である。
     これら一般施策にたいして、例えば97年12月「気候変動枠組み条約」第3回締約国会議(COP3)京都議定書の主旨を踏まえた「地球温暖化対策の推進に関する法律」(98年9月成立)は、C02排出の8割以上が事業者に関連するため事業者の計画公表義務も制裁措置もない。これでは国際条約履行の実効性に乏しいと言わざるを得ない。また、オゾン層保護のための「モントリオール議定書」を国内法化した「特定物質の規制等によるオゾン層保護に関する法律」(88年制定、91年改正)は、政令で指定された物質の排出のみを規制して、それ以外のオゾン層破壊物質を規制の対象としていない、という指摘がある (「環境法入門」吉村・水野編、法律文化社、99年6月、P154〜157参照)。政府の虚偽報告も報道された(「環境新聞」98年7月15日)。これらは国際法の水平的発展の後退一国内法にまで内在化されているが“不完全履行”の状態だと考えられる。


    2.ここに現れた国際法の発達・発展を歴史的に考察してみよう。(「地球環境条約集第3版」中央法規、99年、解説、年表等参照)


     (ア)1909年来加境本条約などの条約は、国際河川・湖沼の汚染防止を目的とし、1933年自然状態の動植物相保護に関するロンドン条約は、生態系保護の先駆的条約となった。さらに核汚染防止を含む海洋・宇宙・大気の汚染防止に関する条約ないし関連規定が1950年代〜1960年代に作られた。 1960年代には海洋・大気・淡水が稀少な資源と認識され同年代の終わりにはレイチェル・カーソンらの科学的知見に基づいて地球生態系の危機に対する国際社会の関心が増大した。しかし、地球規模にまでは到らなかった。

     (イ)そうした状況のなかで、1972年、国連人間環境会議がストックホルムで開催された。ここで採択された人間環境宣言は、環境を自然環境と人間環境に区別し、前者は大気、動植物(棲息環境を含む)、天然資源をあげ、後者は人間の尊厳・福祉を保持するに不可欠な環境としている。また、人類は地球の管理者であり(前文6)、人間は健全な環境で一定の生活水準を享受する基本的権利をもち、環境を保護・管理する厳粛な責任を負う(原則1)とされた。また、人間環境の保護・改善はすべての国の義務であるとされた(前文2)。それまで曖昧だった「環境」について定義し、2国間あるいは数国間にとどまった拘束を「すべての国」にまで拡張したことは垂直的・水平的発展の典型であると言える。
     この宣言は国家を直接に拘束しないが「環境に対する国家の権利と責任」(原則21)は既存の国際慣習法(領域使用の管理責任の原則)を一部確認し、その適用範囲を拡大した。すなわち、国家は管轄権内の活動が、他国の環境または国際公域(公海とその上空、宇宙空間、深海底)の環境を害さないような義務を負う。領域外の加害活動が与える環境損害についても、国家は防止する責任を負うとともに、保護される地域が他国の環境のみならず、国際公域の環境をも含むとする点で、それまで隣接する国家間で生じる越境損害についての国家の管理責任の範囲を拡大するものとして注目される。これがオゾン保護のモントリオール議定書やその国内法化につながった。また、原則22は環境損害に関する国際賠償責任とその救済手続についての国際法が不備であることを認め、その発展のための国際協力を諸国に要求した。ここから領域外の私人の危険活動(海洋油濁汚染、原子力損害など)による環境損害や越境的な環境危険活動一般についての私人の無過失賠償責任を認める条約が生まれる基礎がつくられた(67年宇宙条約、71年宇宙損害賠償条約など)。


     (ウ)この環境保護に関する国家の権利・義務を具体化するために、OECD、UNEP、ECなどの国際機構は一般的に法原則を提示し、条約の慣習法への転化を推進するのに重要な役割を果たした。とくに、OECDは環境委員会を設立し諸原則を定め、協議の義務、環境影響評価の義務、汚染者負担原則等を規定した。また、ストックホルム会議と同年、国連決議に基づいて設立されたUNEP(国連環境計画)は、78年に共有天然資源行動原則を管理理事会の決定として採択した。この行動原則は、資源開発の主権的権利と責任、環境影響評価の義務、緊急通報義務、被害者個人の救済などを規定し、関連の国際法の発展にっとめた。これは、前記のOECDの勧告とともに、80年代の国際法団体の活動に影響を与え、条約にない部分を補う国際慣習法の発展を促した。これがチェルノブイリ事故後の国際条約を確定する際に生きた。(86年原子力事故早期通報条約、同援助条約等)


     (エ)80年代に入ると、地球環境の破壊がさらに深く科学的に認識されるようになった。82年UNEP・ナイロビ宣言では、オゾン層の破壊、C02濃度の上昇、酸性雨、海洋・淡水の汚染、有害廃棄物の処分にともなう汚染、動植物の種の絶滅など、地球環境に対する脅威が広範囲に現実の問題として確認された。80年代後半からは、先進国首脳会議の経済宣言は、地球環境問題をとりあげ、地球生態系の均衡の保持は国際協力によって解決すべき緊急の課題とされた。こうしたなかで、1992年の環境と開発に関する国連会議(UNCED)地球サミットが開催された。地球サミットは、リオ宣言とその行動計画(アジェンダ21)を採択し、地球環境を健全に維持するための国家と個人の行動原則を示した。環境と開発に関する国家の主権的権利と責任、環境と開発の統合による持続可能な開発の達成、貧困撲滅のための国際協力、効果的な国内環境立法の制定、汚染者負担原則、環境影響評価の国内実施などの一般原則を規定した。「維持可能な開発」とは将来世代の必要を満たすかれらの能力を害することなく、現在の世代が自らの必要を満たすことである。
     リオ宣言では、環境か開発かと対立したが、多様な利害が錯綜するなかで「法」に基づく解決とNGOなどの運動・世論が車の両輪になった(「地球環境問題をひもとく」小林純子他著、化学工業日報社、97年、P73以下参照)。世界は、COP3で一層世論の力を実感した。 UNCEDは、リオ宣言を具体化するために92年、生物多様性条約、気候変動枠組条約、森林原則声明を採択した。 97年の国連環境開発特別総会は、「アジェンダ21のさらなる実施計画」を採択したが、持続的でない先進国の生産と消費による環境への脅威の増大が指摘された。今後の課題として声明に基づく森林保護条約の作成と気候変動枠組条約の議定書の作成が必要とされた。これがCOP3の京都議定書に結実し、国内法の実定法化と繋がる。(「人間環境の創造」竹市他編、勁草書房、99年、P113以下参照)


    3.今後の地球環境に関する国際法の発達は「持続可能な発展のための法原則」(「地球環境保護の法戦略」坂口洋一著、青木書店、98年、P225)を提供する。国際法の発展により、より広範囲に、また未知の汚染にたいしてもカバーできる包括性をもつものになる。また、法主体として自然人や多国籍企業法人が認められ、「人間環境の大量汚染の禁止等についての重大な違反」(国際法委員会国際責任草案19条)として国際違法行為が問われることになると思われる。地球規模での公正を法社会学者ロールズの「公正としての正義」から模索しようという議論もある(「環境経済学」植田和弘著、岩波書店、98年、P196)。
     現アメリカ副大統領ゴア氏は『地球の掟』(ダイヤモンド社、92年、P355)でSEI(戦略環境構想)を著し「環境に優しい高度な技術を開発し普及させるプログラムを推進する総合的な計画」を提案した。ところが、環境汚染の一つである核兵器の“高度な”廃絶技術について言及はなく、最後に言う。「選択は我々の手の中にある。地球はバランスの中にある。」と。我々とは誰か?「法の支配」とは、まず統治者を拘束することである。国際法も「法」であるという立場に立つなら強行規範は具体的に定めるべきである。ウィーン条約法条約の漸進的法典化の精神はそこにこそ実現されるべきであると、私は考える。

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