<< ショーソンの「詩曲」 | main | どこ吹く風 3 英語版フライングゲット >>

聖書もコーランも仏典も不要

2012.02.25 Saturday
0
    JUGEMテーマ:モブログ
     過激な発言かもしれませんが、別になくても生きていけるのが日本です。
     キリストは死んだ!!と物議をかもした哲学者もかつていました。
     「宗教はアヘン」と言って弾圧したソ連のような世界もありました。
     政治に宗教勢力を利用する政党も世界には多くあります。
     日本には創価学会や幸福の科学などが政治に進出し、その他の新興宗教が自民党を応援していたことも事実です。
     聖書に宣誓して大統領になるアメリカも、聖書を捨てる気にならないのでしょうか。
     コーランを焼いて捨てるぐらいでガタガタ言う国も、アメリカに支配されているせいでしょう。
     アフガニスタンでは、米軍基地でのコーラン焼却問題で、オバマ大統領が謝罪を行うなど神経をとがらせています。
     
     問題は、お互いがお互いの国民を敬意をもって接しているか?ということです。
     それができていないから、コーラン焼却問題に「火がつく」のです。
     日本でも右から左まであるように、アメリカも、アフガンも政治勢力、宗教勢力が様々です。
     その一部の暴力的過激派が国旗を焼いたり、コーランを焼いたりすることは想定の範囲内であるはずです。
     そして、穏健で陰険な反動勢力がそういう勢力を泳がして漁夫の利を得る手段にもなってきました。
     
     なぜなら、相手を挑発する方法としては最高の手段だからです。
     しかし、アフガンはアメリカ支配という流れがあり、自然に袈裟まで憎し、という考えが出てくるのでしょう。
     したがって、コーランを焼く行為はこの流れに沿った行動です。
     
     なにも、焚書を肯定しているわけではなく、もちろん自主的な憲法でさだめた経典とその内容を否定するわけではありません。
     アメリカと対等の立場を築けていないということを反省すべきだということを主張しているのです。
     
     そもそも、人間の行動原則は何によってできているかは、その国や地域の歴史性にもよるのではないでしょうか。
     それがコーランであったとしたら、それを冒涜する態度は許されません。
     仮に聖書がアメリカで意図的にこれ見よがしに悪意に満ちて焼却されたとしても、多宗教の国として「表現の自由」として寛容な態度でいると考えます。
     社会犯罪学的には、愉快犯として扱って相手にしないというのが正しい反応と思います。
     
     アフガニスタンも騒ぎすぎです。戦争はもういやですよ。社会的弱者に被害が甚大になるからです。
     聖書もコーランも仏典もなくても生きられますから、どうかマスコミも政治もそれを利用して面白がらせないでほしい。
    宗教の時間でございます|-|-|-|-|by ネコスキイ

    スポンサーサイト

    2019.11.14 Thursday
    0
      |-|-|-|-|-|by スポンサードリンク
       
      Others
      プロフィール サイト内検索
           12
      3456789
      10111213141516
      17181920212223
      24252627282930
      << November 2019 >>
      新しい記事 アーカイブ
      カテゴリ
      リンク モバイル
      qrcode
      オススメ
      人権宣言集 (岩波文庫 白 1-1)
      人権宣言集 (岩波文庫 白 1-1) (JUGEMレビュー »)

      何事も原典にあたること。マグナ・カルタから始まります。ヴァージニア憲法には、常備軍の危険性を主張しています!!
      オススメ
      ジュエルズ(スペシャル・エディション)
      ジュエルズ(スペシャル・エディション) (JUGEMレビュー »)
      クイーン
      宇宙戦艦ヤマトを描いた松本零士氏絶賛の「ボヘミアン・ラプソディ」は、今も力をもつ。
      オススメ Others ムームードメイン
          

      ページの先頭へ